奈良市/心療内科/精神科/カウンセリング

医療法人 緑友会
なら新大宮クリニック

●四季日記●
        
日ごろ、心に感じていることを書いていきます。専門的な話題と言うより、リラックスして読んでいただけるような日誌です。


ABEMA TIMES 9/30(金)配信。元厚労相の田村憲久衆議院議員が24日のABEMA『NewsBAR橋下』に出演。マスクの着用ルールについて 橋下徹氏と議論を交わした。
まず田村氏は「室内、特に換気の悪いところではマスクをしてくださいと。屋外は、近いところで 面と向かって長時間話すような場合はリスクは高いが、横で並んで話すような時やそもそもしゃべらない時は着用する必要はない」 と説明。
橋本氏は「犬の散歩だけならマスクをしないようにしている」といい、「”マスクしなさい”というメッセージは 膨大な量が出たが、これを打ち消す”マスクはいらない”という発信は全然量が足りない」「日本は全数把握をしているからだと思うが、 マスクをして感染者数が世界一多いのであれば、ワクチンを打って医療体制を強化すれば、もう着用する意味はないのではないか?」 と疑問を呈する。
田村氏は「事実上、飲食店を見ても普通に酒を飲んでしゃべっていて、そう言われる意味も分かる。ただ、 家でクラスターが起こる、病院でクラスターが起こるというのは、誰も感染していなかったら怒らないこと。誰かが外から持ち込んで うつすわけで、持ち込むリスクが高いのは不特定多数がマスクをせずに大きな声でしゃべっているところになる。まだ室内ではマスク をしたほうがいいと思う」と答えた。
すると橋下氏は「元厚労大臣がいるからここで全部ルールを決めてしまおう」と提案。 「疑問なのは、飛行機と新幹線の中。ルールだから着けているけど、飛行機も新幹線も何分間かで全部換気されるし、しゃべりも しない。マスクをしながら本読もうと思って眼鏡をかけると曇るので鼻をだしていると、『鼻までちゃんと上げてください』と言われて しまう」と不便さを訴える。
これに田村氏は「しゃべらなかったら基本的にはする必要がない。徐々に変わっていくんだと思う」 との見方を示した。
ここまでの議論を受け、MCのサバンナ高橋が「田村さんがYouTubeやTwitterで、野外ライブで叫んでる映像 とか、飛行機でマスクを外す映像とか流してくれたら」と大胆な提案をすると、橋下氏も「専門家会議の分科会のメンバーで、 外でマスクを外して歩いてもらって。ちょっと鼻歌くらいはいいんでしょ?尾身さんにやってもらったらインパクトあると思う」と 進言。田村氏は「大臣やってりゃなあ。今は大臣じゃないから」と答えていた。(ABEMA/『NewsBAR橋下』より)
私も同感である。クリニックの待合でも、入口ドアは全開にしているし、患者さんは、ほぼ皆無言だし、事務の人に「もうマスクは 全員、外そうか」と話した途端、一人が「明日から私たちは来ません。先生だけでやってください」と啖呵を切られてしまった。 日本人だけが異様にマスクに執着している。この現実を打破するためには、政府は積極的に、マスクを外して闊歩する有名人の コマーシャルを流してほしい。今の切なる願いである。令和4年10月2日。


朝夕の冷え込みが結構厳しい。もう、半袖のワイシャツでは寒くて、ゆったりと歩いていられない。しかし、昼間は30度くらい あって、半袖のワイシャツでちょうど良いかげんである。奈良は盆地気候で、特に朝夕の寒暖差が激しい。朝は、薄手の ジャケットを着て出かけ、昼間歩くときはジャケットを手に持っている。
ちょっと前、家のあたりの電線に50羽くらいの 燕が羽を休めていた。知り合いの話では、平城京跡には毎年、秋になると何万羽という数の燕が集合し、南の暖かい地方に 向かって飛び立つらしい。私の見かけた燕はそのうちの何羽かだったのかもしれない。
近鉄電車の沿線の田んぼの稲も 黄色く色づき稲穂が垂れ下がっている。もうじき、収穫を迎えるのであろう。秋の深まりを感じている。令和4年10月1日。


このところコロナの話題に終始してきた。誰が見ても、今の日本政府のコロナ対策はヘンテコである。一方で、マスクや ワクチンを奨励し、他方で外国人の入国制限を撤廃し、国民に全国旅行を奨励している。これでは、PCR陽性者を出さないこと を主眼を置いているのか、重症化しないから多少感染者が出てもよいとしているのか、私にはさっぱり分からない。欧米諸国は 一定の医学的根拠に基づいて、コロナ政策を大胆に緩和し、コロナ以前と同じ平穏な日常生活を可能とした。エリザベス女王の国葬 の参列者やアメリカ大リーグ観戦者の口元に白いマスクは全く見られなかった。日本だけ、諸外国の流れに置いてきぼりに なっている。実に悲しいことである。日本も、マスクの無い日常を一日も早く取り戻さねばならない。令和4年9月30日。


文春オンライン9/28(水)配信。「ワクチンの目的は、感染防止だけではない。感染後の重症化を防ぐという大事な効果も ある。メディアでは抗体やPCR陽性者数の話ばかり出てくるが、重症化を防ぐためには、抗体だけでなく細胞性免疫が重要だ。 ウィルスに感染した細胞を殺してウィルスの増殖を止める働きをする免疫細胞にT細胞というものがある。このT細胞はワクチン 接種によって一度コロナウィルスのタンパク質を認識して記憶すれば、次からはオミクロン株のように変異したウィルスにも 反応し、しかもその免疫記憶は長期にわたって続くことがわかってきた」(吉村教授)
感染すれども重症化せず、は ワクチン接種の大きな目的の一つなのだ。ワクチン製造大手のアストラゼネカ社のCEOパスカル・ソリオ氏は、英紙の インタビューにおいて「ワクチンを接種した健康な人の重症化に対する免疫は、確実に1年以上続き、場合によっては 3〜4年は持続する可能性がある。(高齢者ではない)若い人がブースター接種を受けるのは、税金の無駄遣いだ」と踏み込んだ 発言をした。
実際、アメリカではワクチンに対する考え方が変わりつつある。ロイター(現地時間2022年9月6日付)の報道に よると、ホワイトハウスで新型コロナ対策に従事する専門家は、「大多数の国民にとって、年1回の新型コロナワクチン接種 が年間を通じて重症化をかなりの程度防いでくれる段階を迎えつつある。これは重要な節目だ」と語っている。
「ワクチンは 重症化を防ぐためのものと考えるべきである。2022年7月14日にネイチャーに掲載された論文で、ワクチンを接種した後にオミクロン株 に感染すると、オミクロン株に対する抗体だけでなく、デルタ株やベータ株など、幅広い変異株に対する抗体ができることが 報告されている。未接種の状態で感染した場合は、ほぼオミクロン株に対する抗体しかできないが、ワクチンを接種してから 感染すると重症化しにくいうえに、”ユニバーサル抗体”と呼ばれるものができて、今後流行する未知の変異株に対しても、 防御できる可能性が高まる」(吉村教授)
吉村教授は重ねて言う。
「だから、ワクチンを接種した人は、オミクロン株 にどんどん感染した方がいいーとまで言わないが、科学的な知見としてワクチンを接種した上で感染すると優れた免疫がつくこと は事実である。死亡リスクの高い高齢者は別だが、若い人や子供は過度に恐れる必要はないと思う。欧米諸国はそのように判断して、 厳戒態勢を緩めているのではないだろうか」
9月27日の安倍元首相の国葬では、日本政府は世界中のVIPにマスクの着用を 求めた。献花の列に並ぶ参列者たちの口元にもしっかりと白く覆われていた。諸外国との認識の差は大きい。
9月19日、 国を挙げて行われたエリザベス女王の国葬。天皇皇后両陛下をはじめ、世界中の要人がイギリスに集まり女王の死を悼んだが、 そこに集うVIPや沿道のロンドンっ子たちの様子を見て驚いたのは、もしかすると日本人だけだったかもしれない。
ここ数年 当たり前になった「マスク」が全く見当たらない。似たような光景はアメリカにもある。大谷翔平のスーパープレーに沸くスタジアム を見渡せば、観客の口元には白いマスクはほとんど見られない。
「欧米では社会を平常化するために、重症化しないのなら 感染の広がりは許容しようという考え方になりつつある」
免疫学が専門の慶応義塾大学医学部教授の吉村昭彦氏はこう解説 する。事実、イベント開催や人々の移動の自由化、飲食店の営業規制緩和や、マスク着用の義務撤廃、ワクチン接種証明の提示すら 不要にするなど、欧米諸国は対コロナの厳戒態勢を解き、コロナ以前の生活を取り戻しつつあるように見える。
「それは 科学的な情報に基づいて政策決定を下しているからであろう。2022年1月に科学誌ネイチャーに掲載された記事で、現行のワクチン はオミクロン株に対して感染予防の効果は下がるものの、重症化を防ぐ効果は十分維持されるということが報告されている。政策 立案者はこうした最新の知見をもとに、現実のコロナ対策を決めていると思う」(吉村教授)
しかしわが国ではいまだマスクの 着用が奨励され、3度、4度と躍起になってワクチン接種を勧められる。よその国がかつての日常に回帰しようとするなか、我々 日本人の平常はまだまだ戻ってくる気配がない。
「日本におけるコロナ対策で最も重要視されているのは感染予防効果、つまり PCR陽性者を出さないこと。ここに認識のギャップがある。ワクチンによる抗体(液性免疫)は、接種してから半年も経つと ほぼゼロにまで下がる。だからメディアや専門家の一部は『感染予防効果を持続させるために、何度もワクチンの追加接種が必要』 と主張するが、爆発的に感染の増えているオミクロン株は、ワクチンによって作られた抗体を回避するので、感染予防効果は 著しく下がっている」(吉村教授)
確かに岸田文雄首相は4回目のワクチン接種を行ってから10日も経たないうちにコロナに 罹患したのだった。
ざっと、日本政府がとっている政策の稚拙さを指摘してきた。PCR陽性者を出さないことだけを目指している 無意味な政策なのである。さっさと、欧米諸国を見習って、PCR陽性者を出さないことから脱却すべきである。一日も早く平常 生活に戻ろうではないか。令和4年9月29日。


東洋経済ONLINE9/27配信。9月20日、オミクロン株対応ワクチン接種が始まった。「いつ、どのワクチンを打てばいいのでしょうか」 と聞かれることが増えた。
現在、我が国では従来型ワクチンと、オミクロン株BA.1/BA.2対応ワクチンが利用可能だ。後者に ついては、まだ十分に量が流通しておらず、政府は、重症化リスクの高い高齢者や医療従事者のうち、4回目接種を終えていない人 から打ち始め、その後、対象を拡大する方針という。
待っていれば、誰もがオミクロン株対応ワクチンを打つことができそうだ。 そうなれば、今すぐ従来型ワクチンを打つべきか、あるいはオミクロン株対応ワクチンを待つべきか選択を迫られることになる。
結論から言おう。私は「すでに複数回の接種を終えているのであれば、急いで打つ必要はない」と答える。それは、 オミクロン株は弱毒で、すでに複数回の接種や実際に感染した経験があれば、たとえ高齢者やがん患者であっても、重症化する リスクは低いからだ。第7波の流行が収束しつつある現在、焦ってワクチンを打つ必要はない。
さらに、追加接種の時期を 間違えれば、重症化予防はともかく、肝心要の真冬の流行期に感染を予防する効果が薄れてしまう。それは、コロナワクチンは、 重症化予防効果は長期間維持されるが、感染予防効果は数か月で減衰するからだ。…(上 昌広 / 医療ガバナンス研究所 理事長)
日本人の多くが、2回、3回のワクチンを接種している。だから、焦って、今すぐに、4回目ワクチンを打たなくても 良さそうである。第8波が予想される来年1月から2月に間に合うくらいのタイミングでも良さそうである。令和4年9月28日。


デイリー新潮9/26(月)配信。「ゴールは見えてきた。勝利できる状態にある」
新型コロナウィルス感染症のパンデミック について、WHOのテドロス事務局長は14日、このように述べた。
英オックスフォード大学の「アワー・ワールド・イン・ データ」によれば、世界の1日の死者数(7日間の移動平均)は今年2月に1万人を超えていたが、足元では2000人未満となっている。
ワクチンの普及などが主な要因だ。少なくとも1回ワクチンを接種した人の割合は欧米や日本では約8割、世界でも7割に近づいており、 感染しても重症化しにくくなっている。現在流行している変異株のオミクロン型は強い感染力を持つが、従来型と比べて毒性が 下がったことも関係している。日本では第7波が続いているが、世界ではコロナ対策をほぼ全廃しても、爆発的な死者・重症者 の再拡大は起きなくなりつつあるのだ。
バイデン大統領も18日に放送されたインタビューで「新型コロナのパンデミックは 終わった」との見解を示した。米国の新型コロナによる死者数はバイデン大統領の就任当初は1日当たり3000人を超えていたが、 現在400人弱と大幅に減少していることを踏まえての発言だ。
新型コロナは2019年12月末に中国・武漢市で感染が確認され、 その後瞬く間に世界中に広がった。感染者数は6億人、死者数は650万人を超え、20世紀前半のスペイン風邪以来の大きな被害を もたらしている。
WHOは今後も新たな変異株が流行することを警戒しているが、新型コロナとの長い闘いにようやく終止符が 打てる希望が見えてきたのだ。しかし、「次のパンデミックの被害を最小限に食い止める準備ができたか」と問われれば、 心もとない状況にあると言わざるを得ない。…(藤和彦)。
日本も高止まりだが、第7波の終わりが見えてきている。年末年始 の人の動きで、次の第8波の襲来が起きるかもしれない。ただ、ワクチン接種とコロナ感染の同時のハイブリッド免疫を持った人が かなりの数に上るので、第8波の感染者数や死者数は限定的になると予想される。この11月ころには第7波も落ち着くのでマスクなし での日常生活も可能となるのではないかと考えている。令和4年9月27日。


昨日は秋晴れのさわやかな一日だった。散髪に行って、ちょっとした買い物もした。
感染症学の専門家で長野保健医療 大学特任教授の北村義浩氏が25日、TBS系「アッコにおまかせ!」(日曜前11・45)にVTR出演。日本でマスクを外せるように なる時期について言及した。
新型コロナウィルスに関し、WHOのテドロス事務局長は14日、前週1週間の死者数が20年3月 以来、最低になったとした上で、「パンデミックの終わりに向けては、かつてない良い状況だ。まだその段階ではないが、 兆しは見えてきている」と述べた。
現在、日本と海外ではマスク着用に差がある中、番組は北村教授に日本でマスクを 外せるのはいつになるのかを質問。北村教授は「マスクがいつ外せるかっていうのは、パンデミックがいつ終わるかっていう のとほぼ同じだと思うんですよね」とし、「一応、来年の春には、4月、5月には収束するのではないかと思う」と述べた。
理由については3つあるとし、1つ目は「飲み薬なんかが新しく登場するんじゃないかということですよね。今よりもなおさら 治りやすい病気、あるいは重症化しづらい病気になるという事ですよね」だとした。2つ目は「今オミクロン対応ワクチンなんかが 登場してきましたけれども、ワクチンが少しずつ今の実情にあって皆さんの免疫を持ちやすくなってくるっていうことですよね」、 3つ目は「ウィルスも、今後変化するにしてもいくらか弱い方向に変化するだろうから、重症化しないということで安心できるという 事ですね」と明言。「この3つの理由で来年の4月に収束が確実になるんじゃないかなと思います」と続けた。
また、第7波が 収束しつつある現在、第8波がやってくるのかについて北村教授は「第8波は必ず来ます」と断言。「私は大きな波になると思うけれど、 11月くらいからはやりはじめて、12月の忘年会、年末年始の帰省なんかで移動する。この冬はおそらく夏と同じような形で政策的に 抑え込まない可能性があるので、そうすると流行としては大きな流行になるんじゃないですかねっていう」と予想した。
北村教授 の予想よりも、第8波は遅れるような予感もするが。私の予感では、来年の1月、2月にピークが来るのではと思う。令和4年9月26日。


新型コロナウィルス感染者の全数把握の簡略化が9月26日、全国一律でスタートする。医療機関や保健所の負担を軽減し、重症化 リスクの高い高齢者らへのフォローに医療資源を注ぐことが目的だ。一方、全数把握の対象外となる若年軽症者らはどこで検査し、 どのように支援を受けられるのだろうか。
全数把握の簡略化に伴い、医療機関が保健所に提出する感染者の「発症届」の 対象は@65歳以上A入院が必要な患者B重症化リスクのある人C妊婦ーに限られる。それ以外の若年軽症者らは発症届が不要 になり、例えば大阪府では感染者の約75%が対象外となるため、医療機関などの負担が軽減されるとみられる。
では、こうした 対象外の人たちは今後、発熱やせきなどの症状が出たらどうしたらよいのか。
まず、コロナを疑う症状がある時は検査キット で自己検査するか、医療機関や発熱外来を受診することになる。検査キットで陽性となった場合、新設される「陽性者登録センター」 に患者本人が自主的に登録し、自宅で療養する。登録は基本的にインターネットで受け付けており、運転免許証などの本人確認書類 と検査結果の画像の添付が必要だ。大阪府では28日から検査キットを2日以内に無料で自宅に配送する仕組みも作っている。
医療機関などで陽性が確認された場合は、入院が必要な状態でなければ自宅で療養する。陽性者登録センターへの登録は、検査キット と同様に患者本人が自主的に行う。
陽性者登録センターに登録されると、都道府県に新規感染者として集計される。自治体に 「感染者」として特定されるため、配食や宿泊療養の手続きも可能になる。大阪府では、24時間の電話受け付けサービス「自宅待機SOS」 によりオンライン診療や往診、簡易配食や健康相談などが利用できる。
大阪府の吉村洋文知事は「全数把握を見直しても、 これまでの宿泊療養や配食サービスなどは廃止することなく継続し、患者の支援を続けたい」と話している。(毎日新聞・近藤諭) 令和4年9月25日。


彼岸の中日の昨日、奈良は一日雨模様。台風15号が太平洋側沿いに足早に通り過ぎて行った。ほとんど一日中、セカンドハウス として借りているUR賃貸住宅で過ごした。好き勝手に、70年代フォークソングを聞きながら、ボーとしていた。一人きりも気楽で いい。
今日、9月24日は「みどりの窓口記念日」。昭和40年9月24日、国鉄の全国主要152駅と日本交通公社(JTB)の83か所 の営業所に、指定券の手配をオンライン方式に切り替えることを目的として指定券発売窓口「みどりの窓口」が設置された。令和4年9月 24日。


PRESIDENT Online 9/22配信…ワクチン後遺症の駆け込み寺から警鐘「あなたの体調不良は、コロナワクチンが原因かも しれない」
新型コロナワクチン後遺症の患者が急増している。2回目までは大丈夫だった人でも、3回目、4回目で 急に症状が出る場合もある。これはデマではなく現実である。
「ワクチン後遺症の駆け込み寺」と言われる長尾クリニック (兵庫県尼崎市)長尾和宏医師が、医療現場で診察した事例をもとに、新型コロナワクチンの危険性を警鐘する。9月22日(木) 発売の「プレジデント」(2022年10月14日号)の特集「信じてはいけない健康診断、医者、クスリ」より抜粋。
デメリット だけ。子供にワクチンを打ってはならない。
2022年1月、厚生労働省は5歳から11歳の子供の新型コロナワクチンの接種を 承認し、8月には厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会において、子供たちへの新型コロナワクチン接種について「努力 義務」を課すことが決定した。これに対して、長尾医師らは、「努力義務」規定を見直すよう緊急声明を発した。
というのは、 mRNAワクチンには副反応や後遺症(ワクチン後症候群)があることが分かってきたからである。
子供には接種すべきではない。
子供は一般的に重症化しないことが知られている。これまで新型コロナで亡くなった子供は全国で数えるほどである。
一方でワクチン で、すでに多数の子供たちが接種後に重篤な症状を呈したり、亡くなった子もいる。22年6月の「ワクチン副反応検討部会」資料に よれば、5歳以上18歳未満の未成年者のワクチンの副反応報告は914件、重篤者は284件、死亡者は5件に上っている。
ワクチン接種後 に発症し、1カ月以上も重篤な症状が続く。長尾医師は、これらを「ワクチン後症候群(PVS)」と呼ぶ。
@手足が思うように 動かない、歩けない
A人の話が理解できず、本が読めない(認知機能低下)
B強い倦怠感のため、1年以上も寝たきりの 状態が続く
しかし、国はそのような病態の存在を認めないと長尾医師は言う。
長尾医師のクリニックには、異常なしと言われて 行き場を失った160人以上の人が来院したと言う。体調不良のため学校に行けなくなった子供が20人以上もいると話す。
厚労省の 発表によると、日本でワクチン接種の直後に亡くなった人が、約1600人。長尾医師は、ワクチン接種後の死亡者は全国で1万〜2万人いて、 後遺症患者がその10倍もいると訴えている。
子供でワクチン接種で重篤な症状になるのは、おおむね100人に1人ではあるが…。
ワクチン万能の世の中で、長尾医師のように、ワクチンに潜む危険性を訴えるにはかなりの覚悟が必要である。しかし、盲目的に ワクチンに絶対的な期待を寄せるのは危険でもある。令和4年9月23日。


ウィズコロナへ日本も進みだしたのか?緩和策で女医がモヤモヤした2つのことAERAdot.今回は「コロナ対策への疑問」 について、NPO法人医療ガバナンス研究所の内科医・山本佳奈医師が「医見」する。…「まだ到達してはいないが、コロナ感染 について終わりが見えてきた」
世界保健機構WHOが2020年3月11日に新型コロナウィルス感染症を「パンデミック」とみなせる と表明してから約30カ月が経過した2022年9月14日の記者会見で、テドロス事務局長がこう述べた。
10月初めに開催される 専門家会議で、現在の新型コロナウィルスの感染状況が、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に当たるかどうか協議し 、宣言を続けるかどうか判断する予定だと言う。
第7波が峠を越えた今、陽性者や濃厚接触者の隔離期間の短縮、全数把握の 一律見直し、コロナ陽性者の入国者数の上限撤廃や個人旅行客の受け入れ解禁、短期滞在のビザ取得の免除といった水際対策の 大幅緩和など、ようやく日本も「withコロナ」へと進みだしたと言える。
しかし、これらの緩和策に対して心の モヤモヤとしたものが「ひっかかる」のはどうしてか。
1つ目は、水際対策の大幅緩和について。コロナの感染が国内で すでに広がっていたにもかかわらず、入国者数の上限や個人旅行者の入国禁止など厳しい水際対策をし続ける必要があったの だろうか。どうして、パッケージツアーの外国人旅行客の入国は認め、個人はダメだったのだろうか。日本人は外国に 旅行することが可能なのに、外国人観光客は入国を禁じる必要があったのだろうか。
Go Tuトラベル事業や、県民割、 全国旅行支援など、国内での旅行は支援する傍ら、日本人以外の観光客の入国を禁じ、「鎖国」状態にした理由が、私には 分からない。日本人は入国できるのに、外国人は入国できない、という状況が長らく続いていたことに、私は疑問を感じる。 政府は水際対策がなぜ必要だったのか、緩和する理由とともにきちんと説明する必要がある。
2つ目は、「通知」による コロナ対策の変更に関するあり方。
9月7日の夜、厚生労働省から、症状のある陽性者や濃厚接触者の隔離期間が10日間 から7日間に緩和される旨が「通知」として都道府県に通達された。一夜にして、基準が大幅に変わるという現象を目の当たりにし、 厚生労働省が出す「通知」によるコロナ対策のマイナーチェンジのあり方に対し、私は疑問を感じざるを得なかった。
日本の新型コロナウィルス対策は、1998年に公布された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、 感染症法)に基づき、厚生労働省や保健所を中心に行われている。変異株の出現や流行の波など、コロナの感染状況は常に 一定ではなく、それらの感染状況に合わせて感染症対策を変えねばならない。
厚労省は、感染症法に基づく「技術的 助言」として位置付けられている「通知」で、コロナ対策を変えている。「通知」には法的強制力はない。厚労省は、 感染症法の趣旨と異なる「通知」を出している。これは、現場を混乱させる。
本来、感染症法に基づき、感染対策 を講じるとするのであれば、その対策を変更するときは法律の改正が必要だ。であるにもかかわらず、技術的助言である 「通知」を厚生労働省が出すことで法改正をせず、対策を変えているのが、今の日本のコロナ対策の現状だ。これは大きな 問題だ。
隔離期間の変更について、尾身氏らが提出した「感染者の療養解除および濃厚接触者の健康観察の期間の短縮 について」によると、【感染者の療養および濃厚接触者の健康観察の期間の短縮は、医療機関・保健所機能を守ろためだけでなく 、社会活動の維持において極めて重要である。】と、書かれている。医療提供者サイドの視点であり、患者さんの立場に 立ち寄り添って考えるという視点が欠けている。
外来の現場で感じるのは、コロナになって皆が10日間や7日間で改善する わけでは決してないということ。数日で改善する人もいれば、数週間長引く人もいる。一律に隔離期間を規制するのではなく 、例えば、内服薬の確保や検査体制の拡充など、診療にあたる現場の医療従事者が患者さんに対して個別具体的な医療を提供 できるような医療体制の提供が、「withコロナ」の段階に移行する上で必要になると、私は考える。日本の感染症対策は 、患者視点での改正が必要だ。…同感である。令和4年9月22日。


FNNプライムオンライン。「ちょっと異様な集団ね」。小池知事は今年3度目の海外出張としてニューヨークを訪れた。街を歩く人は ほぼ全員マスクなし、マスクを着けている人を探すのが難しいほどだ。小池知事と都職員らが全員マスクを着けて視察している様子 を「What?」と声を上げ、いぶかしげな表情で見るニューヨーカーも多く、小池知事は自らを”異様”と評した。
「ニューヨーク にとっては歴史の1ページになりつつあるのかなと思いつつ、数に表れないだけの話かもしれない」。薬局で手軽にワクチン接種、 PCR検査場もほとんど無くなったニューヨークでアダムズ市長と会談。「日本はロックダウンをしたのか」と問われ「それはしいない。 マスクの着用も規則で決まっているわけではなく、公衆衛生など都民は意識が高い」と伝えたところ、市長は「Wao!」と驚いた。
「海外からのお客様を受けるというのは東京にとって経済活性化に繋がっていくと思っている。皆さんから『国境はいつ開くんですか』、 なんか鎖国してるみたいな感じ。コロナもお互いそれぞれの闘い方をしたわけだが、やはり安心してお互いに観光できるように していくことは、どちらにとってもプラスのことになると思う」。東京都はニューヨークと観光振興分野で協力していくことで 合意した。
以上、FNNプライムオンラインの記事である。2〜3年前は、ニューヨークはコロナ感染者を多量に出し、コロナ死者数 も爆発的であった。それが、今では嘘のように静まり返っている。日本は公衆衛生意識が高いからマスクをしてるというと、ニューヨーク 市長が絶句して驚くというありさまだ。ニューヨークにとって、コロナは過去の歴史上の出来事になってしまっている。 一体、誰だ!日本を世界の潮流から取り残された過去の遺物のような国にしてしまったのは?そこの政治家さんでしょ!そこの 霞が関の官僚でしょ!日本人をいつまで馬鹿者にしておくつもりでしょうか。さっさと、コロナを普通の病気として扱いなさい! 令和4年9月21日。


台風14号の影響で雨がぱらついたりどんよりした厚い雲に覆われたり、奈良の天気もすっきりとしない。
エリザベス女王の国葬 は各国首脳が参加して行われた。70年にわたってイギリス国民のために尽くされた功績には敬服せざるを得ない。女王のために 参列するイギリスの人々は皆、悲しみにくれていた。人によっては24時間も長い列を待って、弔問に訪れていた。それほどに 国民の尊敬を受けていたのであろう。私も、日本という遠くの小さな国からではあるが、心から哀悼の意を表したい。
少し話は かわるが、イギリスの人々は誰もマスクをしていなかった。天皇陛下夫婦が黒いマスクを着けて、政府専用機からタラップを 降りる姿に、妙な違和感を覚えた。イギリスでは、とうの昔に新型コロナウィルスを「普通の病気」としてみなしていた。だから、 イギリスの国民は誰もマスクなどしていない。新型コロナウィルスを特別視しているのは、日本とお隣の中国くらいであろう。 時代遅れもはなはだしい。日本政府は、いつまで、コロナウィルスを2類相当とみなし続けるのか。日本の専門家は、一体、 いつまで日本政府の愚策に異議を唱えないのであろうか。おかしなことばかりである。令和4年9月20日


山陰中央新報。第7波で死者が急増…新型コロナの重症者少ないのになぜ?島根大医学部付属病院高度外傷センター長の 渡部広明教授はコロナの波ごとに県での死亡率を調査している。結果によると、最初に流行したアルファ株が主流だった 、第4波の死亡率が0.29%と高く、第7波は0.11%. 「第7波で死亡者が激増したように感じるが、それは感染者の絶対数がけた違いに増えたため。死亡率で見るとむしろ 減っており、ウィルスは弱毒化した」と解説した。厚労省が定めたコロナの重症の定義は、人工呼吸器が必要な状態 であることと集中治療室に入っていることの二つ。渡部教授は「第7波以降、コロナの重症化が直接要因となって 死亡した人はほとんどいない」という。死亡者の多くはコロナに感染する前から基礎疾患を持っていたり、高齢で 寝たきりになったりしている。感染によってさらに体力が落ち、基礎疾患の悪化や、高齢者に多い誤嚥性肺炎を引き起こす ことで亡くなっている。渡部教授によると、感染者が別の病気で重症化していても、そのまま死亡した場合はコロナ 感染者の死亡という扱いになる。また「県内の死亡者は大半が75歳以上。高齢者が感染した場合、基礎疾患が なくても危険」と警鐘を鳴らす。つまり、情報機関が連日報道しているコロナ感染者の死亡数は、コロナ以外の別の 病気での死亡者数であると思ってほしい。情報機関は、やたらと不安感ばかりを煽り立てている。令和4年9月19日。


欧米諸国に遅れること8〜9ケ月経って、ようやく日本もコロナを普通の病気と見ようとする動きが出てきた。願わくば、せめて この秋の臨時国会で感染症法の見直しが行われて、2類から5類に変更になってほしい。
昨日、バス停でツクツクボウシが 鳴いていた。一昨日、県庁に行く途中でミンミンゼミが鳴いていた。もう9月も半ばを過ぎたというのに。やはり、今年は 暑かったのだろう。
今日、9月18日は「かいわれ大根の日」。日本かいわれ協会が1986年(昭和61年)9月の会合で制定。 日付は、この日を制定した会合が行われた月で、18日は「8」の下に「1」で「カイワレ大根」の形(竹とんぼ型)になることから制定された。 令和4年9月18日。


テレNEWS新型コロナ分科会”「普通の病気」へのロードマップ”必要性を議論。新型コロナ対策を話し合う政府の専門家会議 が開かれ、新型コロナウィルスを「普通の病気」として位置付けるまでのロードマップを作る必要性が認識された。分科会の後、 尾身会長は「普通の病気にするということになれば、ロードマップをフェーズごとに、ステップごとに議論していったほうが いいんじゃないか」と述べ、会議で、新型コロナウィルスを「普通の病気」と位置付けるまでの工程表を作る必要性が認識 されたことを説明した。変異株が出る中でも、「どのような状況になったら普通の生活に戻すのか」など、国としてロードマップを 作る時期に来たとしている。
このような提言はもっと早くからなされるべきものだと、誰しも思っているであろう。 令和4年9月17日。


tbc東北放送。「下げ止まりかどうかは判断難しい」専門家コロナ”感染者減”も”連休中”の警戒訴える。新型コロナの感染 者数が減少傾向にあるが、専門家は「まだ数は多い」として今週末からの大型連休に向け感染対策が重要だと指摘。また、コロナ 治療薬の飲み薬の一般流通が始まることに期待感を示した。東北医科薬科大学の遠藤史郎病院教授は、感染者数の減少の要因として 、ワクチン接種の推進や換気しやすい季節になったことをあげたうえで、まだ油断できないと指摘。また、コロナ治療薬の 飲み薬「ラゲブリオ」の一般流通が始まったことに一定の期待感を示した。高齢者施設とかでクラスターが起きた時に、これまで この薬を処方できる医療機関が制限されていたので、すぐには使えなかった。医師が行える選択肢が増えるのでよい。使用者を 重症化リスクの高い人に制限することもなくなり、比較的飲みやすくなっていく。大分コロナの扱いもインフルエンザに近づいた。 令和4年9月16日。


ヤフーニュース。秋の臨時国会でコロナ5類格下げか?ワクチン実費は3500円、初診料4236円へ!「新型コロナの感染法上の 扱いを、『2類相当』から『5類』に引き下げることを求める声があるが、8月22日、岸田首相は、こうした措置を『早急に 方向性を示す』と語った。19日には、加藤厚労相が5類に引き下げた場合、ワクチンの有料化を示唆。これまで、全額公費負担 だったコロナの検査・医療費も、通常の医療のように自己負担になる見込み」(医療ジャーナリスト)。昨日、根本元厚労相 に聞くと、「(コロナは)基本的に2類相当。ただ、対応として、5類相当に近い部分もある。俺は忙しい。じゃあ」と言う。まだまだ 自民党内でも、結論は出ていないのであろう。
今日、9月15日は「国際民主主義デー」。民主主義の原則を推進し維持する 目的で2007年に国連で制定された。令和4年9月15日。


東京都も「コロナ感染者の全数把握」を、今月26日から見直すことを決めた。特に、医療機関や保健所の業務が逼迫している 大都市では必要な措置であろう。ただ、コロナが2類相当から5類に変更にならなければ、抜本的な解決にはほど遠いかも しれない。
9月14日は「コスモスの日」。コスモスの日とは、3月14日のホワイトデーからちょうど半年となる9月14日 の記念日。この記念日は、恋人同士がプレゼントにコスモスを添えて交換することで、お互いの愛を確認しあう日と されている。令和4年9月14日。


9月も中旬だというのに、この暑さである。奈良も連日35度近い最高気温が続いている。さすがに疲れ気味。冷たい炭酸飲料が 美味しい。暦では、9月8日頃を白露という。秋が深まり、草花に朝露がつきはじめる頃であるはずだが。空は高くなり、秋雲 がたなびくようになり、本格的な秋の到来であるはずだが。今年は、暑い。年々、暑さが増しているような気がする。
1965年(昭和40年)の9月13日から20日までアメリカ・ワシントンで開催された「法による世界平和第2回世界会議」で 、9月13日を「世界法の日」とすることが宣言された。令和4年9月13日。


時事通信社。加藤厚労相は11日のNHKの番組で、新型コロナウィルス感染者の療養期間を短縮するなどした措置について「基本的に 今回の見直しで対応していく」と述べ、感染が再び拡大した場合でも継続する考えを示した。重症化リスクがある患者への 対応に重点を置き、社会経済活動との両立を目指す。一方、加藤氏は、新型コロナの感染法上の位置付けを季節性インフルエンザ と同等に見直すことに関し「今の段階で現実的ではない」と指摘。その上で、「ワクチンや治療薬が進むことで、(新型コロナが) 季節性インフルエンザにほぼ近いとなれば、それをベースに考えることになる」と述べた。要するに、社会経済活動を 回したいだけ。新型コロナの病像など全く議論もされていない。しかし、新型コロナの脅威ばかりをあおっていて、どうして 社会経済活動が順調に回ると思っているのか、疑問である。令和4年9月12日。


「Nスタ」(月〜金・午後3時49分)では、井上貴博アナウンサーが「感染症法の分類でいきますと、今、結核や重症呼吸器症候群 と同じ2類相当を続けたまま、新型コロナウィルスとの共存を続けていくことが現実的なのか。政府は法改正にいつ着手 するのかという段階に入ってきています」と報じた。主要な欧米諸国では、とっくの前から、新型コロナの扱いを5類の 季節性インフルエンザとして扱っている。それでも、コロナの感染者数が激減している。日本では、全数把握の影響も あり、コロナ感染者数が世界一に躍り出てしまった。せめて、欧米諸国並みにコロナを5類相当に下げるべきではなかろうか。 この秋の臨時国会では、法改正に手を付けていただきたい。令和4年9月11日。


FNNプライムオンライン。東京はピークアウト?という見出し。「ピークアウトか」と問われて、大曲貴夫国際感染症センター長は「今だに 、1日の感染者数が1万人をこえる高い水準で推移している」とした。また「死亡者の中で占める重症者の比率は下がってきている」という。 新たに死亡が報告された人が、今週は203人にのぼり、過去最多となった。最も多いのは80代の87人、次いで90代の52人。 大曲氏は、「死者の9割が心臓、肺、腎臓などに基礎疾患があり、それが悪化してなくなっている」として、新型コロナで重症になり なくなる人より、持病が悪化して亡くなる人が多くなっている、という現実を明かした。つまり、発表された死者数の9割の死亡原因が コロナではないということである。報道機関はそのあたりのことを正確に伝えていない。国民の不安感をあおっているだけである。 令和4年9月10日。


ヤフーの速報。9月7日、加藤厚労相は、新型コロナウィルス感染者の自宅療養者の行動制限について、「9月7日から、 待機期間は症状ありの場合、7日間に、無症状の場合、5日間に短縮した。さらに、無症状か症状が軽くなってから 24時間たてば、マスクを着ければ食料品の買い出しなどのための外出が可能となった」。
そのほか、ダメもとで 岸田首相は、【同居家族を含む濃厚接触者について、無症状の場合には、自主的な感染予防行動を徹底することを前提に 、待期期間中であっても高齢者施設等ハイリスク施設以外での就労や就学を許容する】ことを提案したが、この案は 専門家たちに一蹴された。現在、医療従事者などは、濃厚接触者となっても就労することが特例措置で認められている。 それをほかの業種にも一気に拡大する、という内容であった。残念な話である。ここまで、一気に行動制限を緩和すれば コロナが5類に大きく近づけるはずであった。岸田首相には、これにめげずに、どんどんと制限緩和策を打ち出して もらいたい。令和4年9月9日。


ヤフーニュースから。新型コロナ感染者の全数把握の見直しを受け、専門家と言われる人は保健所の観察対象から外れた人の 行動制限は難しいと指摘し、それを前提に今後の感染対策を考えていく必要ありと話す。”全数把握見直し”で「(コロナは) インフルエンザの対応に少しずつ向かっている」。当たり前だが、重症化リスクの低い人を保健所の観察対象から外せば、 これまでと同様には行動制限ができない。保健所から連絡がない人には、コロナと診断された時点で医療機関からいつまで 自宅待機するのか説明される。ただ、若い人には5日なり7日なり自宅待機してくれと言ったところで、3日くらいで体調が 良くなれば、やっぱり出歩くはず。「ウィズコロナ」に向けて感染対策の在り方も見直さねばならない。社会全体としても (新型コロナも)インフルエンザの対応に少しずつ向かっている。重症化リスクが低いとして保健所の観察対象から外れた 人は、自宅などで療養し、その間の健康観察は自分たちですることになる。もっともなことである。令和4年9月8日。


日本の医療の専門家は、正確に新型コロナ感染症を認識しているのであろうか。コロナの感染症法上の分類がいまだに2類相当である。 この3年間の新型コロナの情報は生かされているのであろうか。岸田首相は、9月26日からコロナ感染者数の全数把握の見直しを 図り、全国一律で簡素化するという。
2類感染症はポリオ、結核、ジフテリア、SARS、鳥インフルエンザ、MERSが挙げられる。 果たして、新型コロナがこうした感染症に匹敵するほどの重大な影響を及ぼすものであろうか。感染症の専門家は、正確にその 重大性を認識したうえで、政府に対して、必要な要請を行ってほしい。
欧米諸国では、殆ど皆PCR検査をやめてしまった。 要するに、コロナを季節性インフルエンザと同等のものだという認識が広まったからであろう。いつまでも2類相当だと言い張っているのは 日本と、隣の中国くらいである。
いつの間にか、日本がコロナ感染者数の世界一に躍り出てしまった。当たり前であろう。 主要各国は、コロナのPCR検査をやめてしまったのだから。主要な欧米諸国では、マスクも着けずに大手を振って歩いている。 一方、日本人はまじめにマスクを着けて、黙々と歩いている。このような茶番劇をいつまでも続けてはいけない。
ウィズコロナ の時期に入っている。早く、落ち着いた日常生活を取り戻そうではないか。コロナを2類相当から5類に下げるべきである。 令和4年9月7日。


辛坊治郎氏が言う。コロナの全数把握の件。感染法上の発生届は何のためにあるかという認識が、色々な人に欠けている。 それは、重大な伝染病が発生した際に、どこで発生したか、その患者がどんな容体か、周りに病気を広げる状況かといった 情報をいち早く把握するためにある。つまり、感染を広げないためというのが、発生届の最大の目的。例えば、感染者の 半数ほど死亡するエボラ出血熱のような感染症は、いち早く患者を隔離し、感染を広げないという観点から、全数把握は 必要。しかし、コロナはさほど死亡率の高くない感染症と分かった。感染スピードだけは速いが、殆どの人が無症状なのに、 エボラ出血熱と同じやり方でやるのは意味がない。やる意味がないならさっさとやめたほうがいい。本来、全数把握は、感染を 広げないためのシステムなのに、重症化リスクの高い人に限定してしまっては、本来の目的と違う。入院しなければいけない 容体になった際にすぐに対応することが重要。政府は一体何をやっているのかと切り込む。全く同感である。政府は、さっさと 欧米並みに全数把握を中止すべきである。令和4年9月6日。


この7月以降、日本の新型コロナ新規感染者数は急激に増加しており、欧米や東アジア諸国と比べても多くなっている。この 流行の要因について、ワクチン接種からの時間経過による感染予防効果の低下、人流の増加、オミクロン株亜系統BA.5の拡大などが 挙げられている。しかし、感染力が強いBA.5が広がっているのは海外も同じはず。それなのに、海外では日本ほどは増えていない。 人口3.3億人のアメリカではこれまでに9000万人以上が新型コロナの感染者として報告された。オミクロンの流行の最中である 2022年2月に行われたアメリカ全土の調査では、アメリカ国民の57.7%が過去に新型コロナに感染した証拠となるN抗体が陽性だった。 特に、0〜17歳の世代では7割を超えていた。現在、アメリカ国民の8割がオミクロン株に対する免疫を持っているという試算もある。ちなみに オミクロン株による第6波のピークを超えた2022年2月に日本で行われた調査では、日本人のN抗体陽性率は4.27%と報告されており、この時点で アメリカは国民の大部分がオミクロン株に感染し、日本ではオミクロン株を主流とした第6波でも感染者数はそれほど多くは 増えなかった。BA.5に対してワクチンによる感染予防効果は低下しており、重症化はしにくいものの感染するリスクはある。一方、 同じオミクロン株であるBA.1やBA.2に感染した人は、同じオミクロン株であるBA.5に対しては8割近い感染予防効果があり、感染リスクは 約5分の1となる。アメリカでは多くの人がすでにオミクロン株(BA.1/BA.2/BA.2.12.1)に感染していることから、現在は爆発的な 感染には至っておらず、一方で日本は第7波の前までにオミクロン株に感染した人がアメリカよりも少なかったことから、感染が 広がった。これに加えて、オミクロン株の拡大以降、世界的に検査数の減少もあった。
日本での感染者数が他国と比べて多い原因 として、これまでのオミクロン株に感染した人の多さの違いが挙げられる。
お互いが不織布マスクをすることで、非感染者が 感染者から浴びるウィルスの量が7割減ったという実験結果がある。アメリカのカルフォルニア州での研究では、布マスクでは56%、 不織布マスクでは66%、N95/KN95マスクでは83%感染が減ったと報告された。屋内でマスクを装着することで感染リスクが低下する ことは、エビデンスレベルが高い複数の研究のメタ解析でも示されている。
ただ、マスク着用はあくまで複数ある感染対策の 一つである。例えば、こまめな手洗い、テレワーク、そしてワクチン接種など複数の対策を組み合わせることで、より感染リスク を下げることができる。
以上、大阪大学教授・忽那賢志先生の報告をまとめてみた。
ワクチンの重症化予防効果には疑問は ぬぐえないが、マスク着用などの感染予防策は日ごろから心すべきものと考えられる。令和4年9月5日。


コロナ騒動、最大の戦犯は?として2人の医師が挙げられていた。この2人は、8月上旬、ツイッターでひたすら「感染対策は 大事でマスクとワクチンは至宝」的なことを言い続ける往生際の悪い医者として多くの人から切れられたという。
一人は ワクチン激推の医師のUCLA・津川友介氏。ワクチン接種率が世界最高峰の日本で連日世界ぶっちぎりの1位の陽性者数をたたき出して いた時期のこと。「説教おじさん」というツイッターユーザーが「何の科学的エビデンスもなく、『ワクチンで集団免疫』 『ワクチンで終身免疫』を主張していたツイッター医師達の医師免許も剥奪するべきだね」と指摘した。津川氏は「変異株が 出現していなければ今頃新型コロナを駆逐していたと思われます」と返答。これに対し、東大の免疫学の准教授・新田剛氏が ウィルスが変異することは2020年から知られていたと指摘。津川氏は「変異が起こることは知られていましたが、ワクチン 回避性がこれほど高い変異株になるとは予想されていませんでした」と回答した。要するに「オミクロンがワクチンをすり抜けるとは 想定外だった」ということを言いたいわけである。「回避性」と言っているが「効かない」という意味である。津川氏はこうやって 感染対策とワクチンの効果に疑問を呈す人に詭弁と言い訳だらけの対応をする。
もう一人は大阪大学教授・忽那賢志氏。 マスクを大多数が着用している日本がなぜ陽性者数世界一になったかを「Yahoo!ニュース個人」に投稿。多い理由は、ざっくり言うと 過去世界一のアメリカの多数がオミクロンに感染し、8割に免疫があるが、日本は過去に感染者が少ないため免疫がなかった、 というもの。そのうえでマスク着用時とそうでない時の飛沫やウィルスがいかに飛ぶかのイメージ図を出し、効果にお墨付きを 与える。最初の説明にたいしては「じゃあ、陽性者がずっと少ないアフリカ諸国がこれから大爆発するの?」という話。そう ならないのでは?そしてマスクの効果について全然回答になっていない。「なぜマスクを着けていても世界一?」という質問なのに 「それでもマスクは効果がある」と言っているだけ。効果がないから日本は世界一なんでしょうよ。「マスクとワクチンは効果 ある」という結論ありきで、それらしいデータを持ち出したり、「想定外」と言うのは論者としてまったく信用できない。
これは、中川淳一郎氏の説であるが、共感できる点も多い。岸田首相も4回ワクチン接種しマスクも着けて、静養先でコロナに かかった。首相自らが、ワクチンとマスクの効き目の無さを率先して証明した。国民は、どの専門家を信用していいのか、まるで 分からなくなってしまっている。令和4年9月4日。


めっきりと蝉の鳴き声がなくなった。時折、ツクツクボウシが消え入りそうに鳴く。蒸し暑さはあるが、季節は秋へと進んでいる。
コロナの全数把握が見直されるが、どの程度、医療者や保健所の負担が軽減されるかはっきりとしない。各自治体によって対応が まちまちというのもおかしい。政府が責任をもって、全国一律に政策を図らねばいつまでたっても、コロナ逼迫が続くように思う。
今日、9月3日は「ホームラン記念日」。1977年(昭和52年)のこの日、後楽園球場で巨人の王貞治選手が通算756号ホームランを打ち、 それまでアメリカ大リーグのハンク・アーロンが持っていた世界最高記録を更新した。令和4年9月3日。


ヤフーニュースで公表されていた。この秋の臨時国会でコロナが5類に格下げとなり、コロナワクチン実費が3500円、初診料が 4236円となる模様。新型コロナの感染症法上の扱いを、「2類相当」から「5類」に引き下げる声が高まっている。8月22日、 岸田首相は記者団に対し、こうした措置を「早急に方向性を示す」と語った。それに先立つ19日には、加藤厚労相が5類に引き下げた場合、 ワクチンの有料化を示唆。これまで実質、全額公費負担だったコロナの検査・医療費も、通常の医療のように自己負担となる 見込みである。
新型コロナは現在、結核やSARSなどの「2類」相当に分類されているが、「5類」引き下げとなると、季節性インフルエンザ と同じ扱いになる。その具体的な変更時期に関して、厚生労働省の関係者が語る。「今年の秋に開催予定の臨時国会で、 感染症法の改正が行われることが予想される」。
しかし、これまで無料だった医療費も、インフルエンザ同様に自己負担 しなければならない可能性が高い。実際にどれくらいの負担がのしかかるのか。神奈川県の杉原クリニック院長の古川健司先生医による が、次のようである。もし発熱や咳、喉の痛みなどの症状が出た場合や、家族に陽性者が出た場合となると、まず検査が必要。「抗原 検査は、自己負担3割の場合は1000円程度。診察料1000円前後もかかるので、実際には2000円でしょうか。これがPCR検査となると、検査代 (3割負担)が2550円ほどなので、診察料と合わせた窓口負担は約3000〜4000円になりそうです」。
「軽症者であっても、症状を 訴えていればそれに合わせて薬が処方されます。オミクロン株に多い症状である発熱・頭痛・倦怠感にはカロナール、咽頭痛には トランサミン、咳にはメジコンが処方されるケースが一般的でしょう」。
こうした代表的な症状で、コロナ陽性となった患者の ケースを想定すると、負担する医療費は、
初診料882円
PCR検査2550円
処方薬料204円
薬5日分+調剤技術料等600円
合計4236円の医療費がかかる(すべて3割負担の場合)。コロナで大多数を占める軽症であれば、5類に引き下げられても今までと 同様に市販薬での対応で十分である。
また、古川先生は、5類引き下げのメリットとして、
「(2類相当では)医療現場の逼迫が続いていて、 発熱しても、全員に検査ができない状況です。2類相当だと、発熱外来には発熱患者とそれ以外の患者の動線を別にするなど、 基準が設けられており、コロナ患者を受け入れられる医療機関が限られます。ですが、5類になればそうした規制が緩和され、これまで コロナ患者を受け入れられなかったクリニックなどでも診察できるようになります。医療現場の検査体制にも余裕が生まれれば、 重症化する前に対応することも可能だと考えます」。
経済的負担が少なく、感染リスクを抑制できるルール作りが求められる。 令和4年9月2日。


8月30日、ゴルバチョフ元ソ連大統領が亡くなられた。ソ連の民主化に尽力し、89年には当時のブッシュ・アメリカ大統領 と会談して東西冷戦の終結宣言し、90年にノーベル平和賞を受賞した。偉大な政治家が一人去ってしまった。私の好きな 政治家の一人であった。
今日、9月1日は「二百十日」。「二百十日」は「彼岸」「土用」などと同じ「雑節」の一つで、 「立春」から210日目をいう。このころは、稲の開花期にあたり、台風がよく来るので厄日とされているが、過去の記録では 台風の襲来はこの前後に多くなっているらしい。令和4年9月1日。


8月は1年で一番、台風の多い月という。現在、11号が南海上を西向きに進んでいる。その南の海上に熱帯低気圧があり、 今後、台風12号に発達するらしい。
紀州の熊野川町に住んでいた子供時代は毎年、台風の直撃を受けていた。 当時はテレビはなくラジオ放送で台風の襲来を知らされていたと思う。記憶にはないが、両親に聞かされた話では、 国道168号線から少し奥まったところにあった一軒家の我が家は、伊勢湾台風(昭和34年・1959年9月26日)で氾濫した熊野川 に流されてしまったという。着の身着のままで、国道よりずっと上の方に家があった中前さんという松沢炭鉱株式会社 社長さんの家でしばらく住まわせてもらったらしい。私の記憶違いでなかったら。小学校に行くようになってからも、 毎年のように台風はやってきていた。当時は、台風の通り道みたいなところであった。父親が屋根に上って、瓦に新しい 釘を何本も打ち付けたり、窓のところに板塀を打ち付けたりしていた。ああ、今夜は台風が来るんだなと思ったもの である。雨風が強くなれば、皆、家の中にこもって、太い蝋燭に火をともして、停電で真っ暗になったところに、明かりを ともした。吹き荒れる暴風に、ドキドキしながら耳を澄ましていた。
今日、8月31日は「I Love Youの日」。8月31日の 「831」は8つのアルファベットと3つの単語、そして1つの意味を示している。英語圏では「831」=I Love Youは広く 知られていることから、青雲社株式会社が制定し、日本記念日協会が認定した。令和4年8月31日。


私は、「全数把握」の見直しに続いて、「無症状者の外出容認」に賛成である。コロナがまた一歩、感染症法上の5類相当に 近づいた。コロナを季節性インフルエンザ並みの5類に下げないと、いつまでたっても日本の医療ひっ迫は改善しない。 アメリカ、イギリスなどの主要各国はとっくの昔に、コロナをインフルエンザ並みに見なしている。そうした対策を取ったから、 主要各国ではコロナで医療崩壊を起こすこともなく、淡々と日常生活を送っている。
今日、8月30日は「冒険家の日」。 1965年(昭和40年)のこの日、同志社大学南米アンデス・アマゾン遠征隊がアマゾン川の源流から130kmを世界で初めて ボートで下った。また、1989年(平成元年)に海洋冒険家の堀江謙一が世界最小のヨット「ミニマーメイド号」での 太平洋の単独往復(サンフランシスコ〜西宮間)を達成した日でもある。令和4年8月30日。


自民党岸田派事務総長・衆議院予算委員会委員長の根本君に電話して、留守電に用件だけ入れておいたら、しばらくして電話が かかってきた。コロナの感染症法の分類変更で自民党の総意はどうなってるの?と聞いてみたら、「(感染法上の扱いは) 限りなく5類相当になってきている。制度として、明文化は微妙だが。今は、コロナ治療はすべて公費だが、5類相当になれば、 保険診療になる。問題も残っている。俺は忙しい。切るぞ」と、一方的に電話を切られてしまった。自民党として、どういう 方針で行くのか、まだ十分には議論はできていない様子であった。
第7波が少し収まる傾向にあるように思う。次の第8波が 来る前に、感染法上の扱いをきちんと5類にして、医療のこれ以上の混乱を招かないようにしなければならない。全国知事会、 日本医師会こぞって声をあげてもらいたい。
今日、8月29日は「文化財保護法施行記念日」。昭和25年5月30日に文化財保護法 が公布され、8月29日に施行された。令和4年8月29日。


大阪府吉村洋文知事は、「今コロナが2類相当、すべての医療機関で、インフルエンザのような発熱外来の対応をできる 状況ではない。これを解消すべきだとずっと言っているが、まだ国は判断しない」と訴える。8月2日、吉村知事が語気を強めて 国を批判したのは、新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けについてである。
例えば、現在の2類相当では、指定された 医療機関しかコロナ患者を受け入れない。しかし、季節性インフルエンザ並みの5類相当ににすることによって、どの医療機関 でもコロナ患者を診ることができ、発熱外来の逼迫の解消が見込める。しかし、医療費は自己負担となる。
2類相当の見直し について、厚労相は2日の会見で「今後適切な時期を見て、議論検討する」と述べるにとどまり、国に積極的な姿勢は見えない。
大阪市立総合医療センター・西口幸雄病院長は、「やっぱり日本全国どこでも、コロナの患者さんが診られるようにしてほしい。 そのためには、感染症法で2類を5類にする」と述べている。当センターでは、新型コロナの入院患者の対応に医療を集中し、 予定入院を2割削減。同病院長は「影響を受けるのは、一般の手術を待っている方。癌の患者さんとかが影響を受け、そちらの 負担が非常に強い。
インフルエンザと同じような扱いにして、他の病気と同じように重症度に応じて扱う。コロナも普通の 疾患の中に入れて扱うというのが、医療従事者も対処しやすいし、患者さんも、コロナより重篤な病気の人が遠慮しなくていい」 とも述べている。
大阪府豊中市保健所・松岡太郎所長は「コロナを5類に引き下げた上で、なおかつ、しばらくは高齢者など 重症化リスクの高い方に限り発生届の受理や入院調整を行うといった、柔軟な仕組みが必要」と述べている。
日本政府は、 こうした現場の声に耳を傾け、新型コロナの感染分類を速やかに、2類から5 類に引き下げるべきである。令和4年8月28日。


まだまだ蒸し暑い日が多い。騒々しさは陰りを見せたが、まだ蝉が鳴いている。ツクツクボウシに交じって、クマゼミも アブラゼミも時に鳴いている。しかし、朝夕は幾分か涼しく感じるようになってきた。午後診の帰り道は随分と暗く なった。虫の音も日増しに大きくなっている。秋に向かって、一歩一歩、進んでいる。
今日、8月27日は「男はつらいよ」 の日。1969年(昭和44年)のこの日、監督・山田洋次、主演・渥美清の映画「男はつらいよ」シリーズの第1作が公開された。 以来、26年48作にも及ぶ世界最長の長編シリーズとなった。最も長いシリーズの映画としてギネスブックにも載っている。 令和4年8月27日。


ヤフーニュースで見ると、アメリカでは今年1月ころ、コロナの全数把握をやめ、代わりに検査キットの無料配布を開始。 この検査キットで陽性が出た場合でも申告は不要で、病院等での検査で出た陽性者のみ把握。イギリスはこの2月から全数把握を 撤廃。陽性者の追跡も終了。こちらも病院等での検査で判明したものの数のみ把握。さらに、アメリカやイギリスは 検査も縮小させた。アメリカでは、8月11日、疾患対策センター(CDC)が、「無症状かつ非濃厚接触者への検査は推奨しない」 と発表。イギリスでは、4月から高齢者や基礎疾患がある人をのぞいた一般市民への検査が有料になった。現在、全数把握を 行っている日本では、1週間の合計(8月15日〜21日)の新規感染者数は世界最多の147万6374人。死者数は、1624人で、 こちらは世界で2番目。一方、アメリカでは、新規感染者数は61万2378人で、死者は2714人と世界最多。
人口100万人当たりの 新規死者数の推移を見てみると、アメリカは、1月に全数把握をやめた後いったんは増加しているものの、現在は減少傾向。同じく 2月にやめたイギリスも一時的に上昇する期間はあったものの、全体としては減少傾向。一方、日本は現在、死者数は増加傾向 にある。日本は、現状では死者数は増えているが、これは感染流行を押さえることでしか、この数は減らせない。
コロナの 死亡リスク減少に関してCDCは、パンデミック初期に比べて重症化や入院など死亡リスクは大幅に減少したと指摘。その背景には、 ワクチン接種や治療薬が普及したことをあげ、これをもってして、8月11日、新たなガイドラインとして「ソーシャルディスタンス 不要」という発表がなされた。
全数把握をやめたことで、検査をする場所や医療機関の負担はかなり減った。これは、 全数把握というよりは、自宅で行う検査が国民全体に広がって、自分で検査して陽性かどうか判断するパターンが増えたので、 医療機関の負担は減った。
日本のコロナ死者数を減らすには、重症化リスクを下げる治療薬を簡便に使えるような制度 を早く作る必要がある。
以上、アメリカやイギリスなど欧米諸国に、日本は学ぶべき点が多いと思う。令和4年8月26日。


コロナの全数把握が見直しされる。皮肉なことに見直しを決定した本人がワクチン4回接種し十分に夏休みを楽しんだ末にコロナに かかって、テレビ越しに宣言している。さどや隔離静養は快適であろう?世界はウィズコロナに舵を切った。日本と隣のおっかない 中国は相変らず、コロナと戦っている。酷暑の中、皆、お国のためと従順にマスクして、歩いている。コロナ診察できる医院は、押しかける 軽症のコロナ患者の対応に疲弊している。コロナ受け入れ病院ではコロナにかかってしまう職員が多発し、一般の病気を診る病棟を 次々と閉鎖している。大変だ!パンデミックだ!まるで茶番劇である。主要国は、ウィズコロナでやっていて、コロナ患者と 非コロナ患者とを区別せず、冷静に、淡々と医療崩壊もなくやっている。何が違うのか。要するに、トップの頭が固い。まるで 融通が利かない。世界の主要国から置いてきぼりになっている。誰か、目を覚ましてくれ!上級国民よ!
今日、8月25日は 「即席ラーメン記念日」。1958年(昭和33年)のこの日、世界初の即席ラーメンである「チキンラーメン」が日清食品株式会社 より発売された。令和4年8月25日。


各地区は相変らずコロナ一色である。発熱外来に何人来たか、ドライブスルーに何人来たか。そんなこと、改めて議論しなくっても いい。毎日の報道で、コロナ感染者数が大々的に知らされている。一地区で、やいのやいのといったところで、大部分が無症状の コロナ感染者が減るわけもない。要は、コロナ感染者の総数ではなくて、本当に治療を要する重症な人をきちんと把握すること である。欧米諸国はウィズコロナでマスクもつけずに町中を闊歩している。コロナと非コロナを区別しなくなったからである。 いまだに、防護服を着てコロナ感染症を診察しているのは、主要国では、日本と中国くらいである。馬鹿げた話である。
今日、8月24日は「ポンペイ最後の日」。西暦79年のこの日、イタリアのヴェスビアス火山が突然噴火し、麓のポンペイの市街が 約8メートルの火山灰により埋没した。1738年に農夫がこの遺跡を発見し、発掘により当時の町の様子がそのまま出現した。 令和4年8月24日。


まだ、夏。朝には、たった一匹のクマゼミが大声で鳴いている。空を見上げれば、数羽の燕が滑空している。シャツも汗でびっしょりと ぬれてしまう。まだまだ、夏よ去らずにいてほしい。
日本の専門家は、きちんとしたエビデンスを持っているのであろうか。 日本の岸田首相が休養していてコロナにかかってしまった。ついこの前、4回目のワクチンを打ったばかりなのに。これでは、 ワクチンにはコロナ発症予防効果が全くないのがバレバレではないか。日本のトップがワクチンの限界をさらけ出してしまった。 これでは、子を持つ親たちも、自分の子供にワクチンを打とうなど到底思わないであろう。日本政府も、早く、コロナの感染法上の分類の 見直しを急ぐべきである。コロナは、人知では到底抑え込めない。なら、コロナと共存すればいい。そのためには、今の2類相当から 季節性インフルエンザ並みの5類相当に下げればいい。そうすれば、発熱外来をやっているクリニックだけでなく、すべてのクリニックが コロナの治療に安心して当たることができる。何たらインターパーク呼吸器内科の倉持先生の悲鳴を助けてあげられる。 本気になって、日本政府はコロナ対策で最善を尽くすべきである。
今日、8月23日は「処暑」。処暑(しょしょ)とは二十四節気の 一つ。厳しい暑さの峠を越したころを指す。朝夕には涼しい風が吹き、心地よい虫の声が聞こえてくるころとされる。令和4年8月23日。


日本は相変らず、コロナ、コロナ…で大騒ぎしている。人口あたりの医者の数が世界でもトップクラスの日本で、このような ことは考えられない。コロナを一般の病気と区別してはいけない。そんなことをするから、コロナ陽性者の救急搬送先が、まるで 決まらない。大部分の一般の診療所で、発熱していても診てもらえない。どう考えてもおかしい。根本から、見直すべきである。 イギリスでは、とうの昔から、コロナは普通の病気とみている。コロナにかかっても、症状があれば、かかりつけ医が普通に診てくれる。 必要なら病院で治療も受けられる。PCR検査もしない。PCR検査で儲けていたところは、軒並み廃業になっている。誰もPCR検査 を受けなくなったから、当然の結果である。要するに、ウィズコロナが徹底していて、エンデミックな状況になったということであろう。 イギリスでは、日常生活は平穏を取り戻している。ごく一部のコロナ重傷者だけが入院しているから、病院の病床にも余裕がある。 日本も、早く、そういった対策を政府が打ち出すべきである。それが、コロナとともに平穏に生活していく最善の方法であろう。
今日、8月22日は「チンチン電車の日」。1903年8月22日、国内で初めてチンチン電車が走ったことから、日本の記念日とされている。 日本初の走行は、東京都の新橋〜品川間。令和4年8月22日。


珍しいところで鳴いているツクツクボウシがいた。しばらく、じっと見ていた。マンションの階段の3階部分の裏側のところで 盛んに鳴いていた。ツクツクホーシ…ツクツクホーシ…ツクツクホーシ…ツクツクホーシ…ツホーシ…ツホーシ…ツホーシ… ツチーヨ…ツチーヨ…ツチーヨ…。ひとしきり鳴いて飛び立った。午後3時過ぎだがまだ暑い。着替えたばかりのアンダーシャツ がもう汗ばんでいる。どっこい、まだ夏は終わりませんと鳴いていたようだ。
今日、8月21日は「噴水の日」。 1877年(明治10年)のこの日、東京・上野公園で第1回内国勧業博覧会が開催され、会場中央の人工池に日本初の西洋式の 噴水が作られた。令和4年8月21日。


最近、駅のホームで気になっている花がある。ヤフーで検索すると、どうも「タカサゴユリ」らしい。背の高い比較的大きな 白いユリである。結構、横にずらっと並んで、群生しているのでよく目立つ。名前の由来は、台湾を意味する古称である 高砂国に由来する。原産地の台湾では「台湾百合」、「高砂百合」と呼ばれている。テッポウユリ亜属。花期は7〜9月。 花長は15〜20cm、直径は5cmより大きめ。花は白を基調とする。花は横向きだが少し下に傾くことが多い。ユリの花は、気品があり初恋の 人にふさわしい花で、好きな花である。
今日、8月20日は「蚊の日」。1887年(明治30年)8月20日、イギリスの 細菌学者であるロナルド・ロスが、ハマダラカの体内からマラリアの原虫を発見した。世界的な功績であったことから、「 世界蚊の日」とも呼ばれている。令和4年8月20日。


もう、鳴いている蝉のほとんどがツクツクボウシ。ツクツクホーシ、ツクツクホーシ、ジー…。秋がずっと近づいてきた。 まだ、30度以上の最高気温は続いていても季節は着々と進んでいる。駅のホームからも赤とんぼの群がり飛ぶのがみられる。
今日、8月19日は「俳句の日」。夏休み中の子供たちに俳句に親しんでもらいたいという思いから、正岡子規の研究者である 坪内稔典氏が制定した。日付は、8と19で「はいく」と読む語呂合わせにちなんでいる。令和4年8月19日。


北海道や北陸や東北地方で大雨が降っている。全国的に天候不順でもある。夏のこの時期に、こんなにも天気があれること があっただろうか。あまり過去のことは覚えていないのでよくはわからないが。午前診の間にも、晴れていたかと思って いたら、一転して窓の外が真っ暗になり、土砂降りの大雨になった。日本もとうとう亜熱帯地方になってしまったのかも。
今日、8月18日は「ビーフンの日」。「ビーフン(米粉)」はその名の通りお米でできためんである。8月18日を 「ビーフンの日」とした。ビーフン協会が、2006年8月に一般社団法人・日本記念日協会に登録した。令和4年8月18日。


これから何日か天気が崩れそうである。空が曇ると夕闇が早くなる。ボチボチ、午後診の終わるころには、あたりが暗くなる。 午後診はあまり好きではない。帰り道が暗くて、心が余計に重くなってしまう。知り合いの先生のところは、午前診 しかやっていない。それもありかと思っている。しばらくは、水曜日と金曜日の午後診は続けるつもりであるが。
今日、8月17日は「パイナップルの日」。トロピカルフルーツのパイナップルのリーディングカンパニーであるドールが制定。 日付は「パ(8)イ(1)ナ(7)ップル」と読む語呂合わせから。パイナップルの美味しさをPRすることが目的。記念日は 一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。令和4年8月17日。


お盆も足早に過ぎ去った。聞こえてくる蝉の鳴き声も、殆どアブラゼミにかわった。ジ、ジ、ジ、…。クマゼミが階段の ところで仰向けに転がって死んでいた。真夏ももう少しで終わってしまう。心なしかさみしくなる。
今日、8月16日は「京都 五山送り火」。荘厳な夏の夜を演出する「京都五山送り火」。夏の夜空に燃え盛る五山の送り火は、お盆の精霊を送る行事で、 京都の夏の風物日としてあまりにも有名である。点火時間は午後8時。各山とも約30分間。まず、東山如意ケ嶽に大の字が浮かび 上がる。続いて、松ヶ崎の西山に妙、東山に法、西賀茂船山に船形、衣笠大北山に左大文字、最後に嵯峨曼荼羅山に鳥居形 が点る。五山送り火は、京の夏の終焉を飾る行事でもある。令和4年8月16日。


昨日の夕食はレトルトカレーや牛丼。ホテルのフルコース料理とのギャップが大きすぎて、口をつぐんだ。盆と正月くらいは 贅沢にしましょう。三ノ宮の人並に少し酔った。奈良はまだ人が少なくて、いい。
今日、8月15日は「終戦の日」。 今年、戦後75年目の「終戦の日」を迎えた。正式には、「戦没者を追悼し平和を祈願する日」という。1945年8月15日、 天皇陛下が、「玉音放送」という形で、日本国民と大日本帝国軍人に向けて、ラジオで放送された日。「玉音放送」に よって国が国民に武器を置くことや敵対行為をやめることを命じ、戦闘状態を休止することを宣言した日。令和4年8月15日。


昼過ぎ、やっと自宅に戻った。家内の両親のお墓参りで神戸まで出かけていた。ホテルに2泊。朝食はバイキング形式。 昨日は白かゆだった。今日は茶粥。故郷の新宮あたりは茶粥がメインなので、懐かしいふるさとの味がした。
今日、8月14日は「裸足の記念日」。裸足で生活したり、裸足でランニングすることで人間本来の感覚を取り戻し、 健康になってもらう活動を広めることを目的に、身体と心の専門家「ボディマイスター」の養成スクール・一般社団法人 日本スポーツ&ボディ・マイスター協会が制定し、日本記念日協会が認定した。令和4年8月14日。


昨日、大阪にある瑞光寺まで出かけた。父と先祖さんのお墓参りである。お墓参りの後、お布施を渡そうと、本堂に入ったら、 4組の檀家さんが法要を受けていた。住職さんに、急ぎ、父の戒名をお札に書いてもらって、ついでに 法要を受けさせてもらった。少しは、父と先祖供養になったかな。その後、実家の母の様子を見に行った。 94歳で腰は曲がっているが、肌艶もよく、元気にしていた。まずは、一安心。
今日、8月12日は「国際青少年デー」。2000年から 始まったこの国連デーでは、若者が社会のあらゆる分野に参加し、意見を反映させられる未来を目指して制定された。ちなみに 国連が定義する若者とは15歳から24歳までの人々を指す。令和4年8月12日。


近鉄電車の沿線にある田んぼの稲も根がしっかりと生えて大きく青々しくなってきている。空の雲も入道雲がみられる。 歩く道すがら、シオカラトンボも滑空している。立秋も過ぎ、残暑の季節になった。徐々に、夏も深まり、 ツクツクボウシの鳴き声とともに、夏が過ぎ去り始めている。
今日、8月11日は「山の日」。山の日は、 毎年8月11日に制定された国民の祝日。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」という趣旨の国民の 祝日である。令和4年8月11日。


岸田内閣の陣容も出そろった。各派閥からの微妙なバランスの上に成り立っている。自民党の中は意見はバラバラだが、 自民党として一つにまとまっている。野党ももちろん意見はバラバラ。しかも、全然、まとまりがない。何かおかしい。
相変らず、毎日暑い。コロナの感染者も減らない。ほとんどが、軽症・無症状の感染者なのだが、数字のマジックに 騙され、不安にさせられる。軽症・無症状数も併記してほしい。
今日、8月10日は「焼き鳥の日」。焼き鳥を 一般大衆に広め「焼き鳥の父」と呼ばれる根本忠雄が創業した株式会社鮒忠(ふなちゅう)が制定。日付は 「や(8)きと(10)り」(焼き鳥)と読む語呂合わせと、焼き鳥の最高の友であるビールとともにこのうえなく美味しい 真夏の日であることが由来。記念日は鮒忠が制定した日として、2007年(平成19年)に一般社団法人・日本記念日 協会により認定・登録された。令和4年8月10日。


コロナのドタバタは相変らず。さて、今年の立秋は8月7日。すでに過ぎてしまった。立秋には「秋」という漢字が使われるが、 新暦の8月8日頃にあたり、日にちは年によって変動する。つまり、二十四節気としては秋だが、季節としてはまだ夏。 むしろ最も暑いころと言っても過言でないほど、暑さがピークに達する頃。昨日の昼下がり、赤道に近づくあたりで、ツクツクボウシ の鳴き声を聞いた。あー、秋が忍び寄っているのだなと感じた。暑い夏ももうしばらくの辛坊だな。
今日、8月9日は 「長崎原爆の日」。長崎に原爆が投下された日で長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が行われる。昭和20年8月9日、米軍の B29爆撃機「ボックスカー」がプルトニウム原爆「ファットマン」を投下。約7万4000人の市民が死亡した。令和4年8月9日。


コロナ問題は、頭が痛い。日本政府も同様だろう。単純に、欧米諸国並みの対応を取るのも難しい。神奈川県医療危機対策 統括官の阿南英明氏の提案をひいてみよう。「コロナ感染者の全数把握しない、と言っているわけではない。全数把握の 方法がまずいと言っているのです。これまでは医療機関が入力する発生届で全数把握していました。HER-SYSという システムで行っていたわけですが、発生届にさまざまな情報をくっつけすぎです。その入力作業が医療機関や保健所の 業務を圧迫しています。だから、発生届と全数把握を切り離す。全数把握したいなら、検査から持ってくればいいのです。 何件検査して、何件陽性でしたと検査会社からデータをもらえばいい。数だけなら、発生届と関係なく手に入れることが できます。そもそも今の日本の数え方は患者数がごく少数の場合に有効な方法で、蔓延している時のやり方ではありません。 おかしい、ということです。…保険診療にしても、これまでは公費で賄っていた治療費が、保険診療になったら国民は 不安になるはずです。コロナ治療の薬は本当に高いのです。抗ウィルス薬のレムデシビルを投与したら、40万円です。 外来の飲み薬も高く、7〜8万円です。それを保険診療に変えられたら、困る人が必ず出てきます。だから、治療費の 部分は国が面倒をみます、とした方がいい。それと連動する話で、現在、2類相当の位置付けの新型コロナを、単純に 感染法上の5類の感染症に持っていくのは難しいかもしれません。」…以上、新型コロナの今後の行方もどうすべきか 迷うところである。手を打たねば、通常医療は破綻します。政府の英断を期待するしかない。
今日、8月8日は「 そろばんの日」。全国珠算教育連盟が1968年に制定。そろばんをはじく音「パチ(8)パチ(8)」 の語呂合わせ。令和4年8月8日。


相変らず、コロナは第7波のまま勢いが収まる気配がない。ウィズコロナで行かないと、とてもこの難局は乗り越えられない。 欧米の多くの国は、コロナをどう見ているのか。その見方は、次の4つである。一つ、無症状PCR検査陽性者は 気にしない。二つ、感染しても軽症なら自宅で検査して休む。三つ、酸素投与が必要(日本の中等症U 以上)になったらすぐに受診し、時には入院する。四つ、感染して重症化しても自己責任と考える。 これで、十分。欧米諸国は皆、このやり方でウィズコロナを乗り切っている。日本政府の考え方は時代遅れも はなはだしい。早く、欧米と足並みをそろえてウィズコロナでやるべきだと思う。
今日、8月7日は「鼻の日」。 87(はな)の語呂合わせで、日本耳鼻咽喉科学会が制定。令和4年8月7日。


昨日、後藤厚労大臣はコロナの全数公表を続けると述べた。それが日本政府の方針なら仕方ない。ただ、そのコロナの全数が 治療を要する中等症以上の患者ではない。全数表記とともに、軽症・無症状者の表記もすべきである。患者とは あくまで、病院での治療を要する人たち、つまり中等症以上の患者さんのことである。オミクロンでは、99%の感染者が 軽症・無症状である。コロナが全国で20万人を超えても、治療を要する患者さんは、たった2000人である。一つの都道府県でも 42人程度である。あたかも、毎日、20万人を超える人が、コロナ患者だと言わんばかりの報道である。これでは、国民に ひどい誤解を、多大な不安を与えてしまう。早急に、軽症・無症状者の表記も併記すべきである。
今日、8月6日は「広島原爆の日」である。1945年(昭和20年)、米軍のB29爆撃機エノラ・ゲイ号が、広島市上空で 原子爆弾「リトルボーイ」を投下。毎年この日に、広島市では原爆慰霊碑の前で平和記念式典が行われる。


やはりコロナ。日本医師会の松本吉郎会長は3日の会見で、学校や企業に対し療養証明書や陰性証明書の発行を求めないで ほしいと呼びかけた。これらの発行で医療機関や保健所の負担がさらに増大するためである。政府もすでに陽性者が学校や 職場に復帰する際の証明書は不要との見解を出している。
キャスターの辛坊治郎が8月4日、コロナに対する各国の 姿勢について言及し、「無症状でも感染者としてあぶりだそうとするのは、中国と日本くらいだ」と指摘した。逆に、 世界的には、オミクロン株になってからは、いわゆる通常の病気として扱おうという風潮になっている。通常の病気として 扱うとは、症状が出て重症化するリスクが高ければ、それに応じた治療をするということである。これが、世界の一般的な 流れである。世界主要国で遅れたコロナ対策を取っているのは、中国、そして日本だけである。恥ずべきことである。
今日、8月5日は「タクシーの日」。一般社団法人ハイヤー・タクシー連合会が1989年に制定した。日本でタクシーの営業が 始まったのが1912年(大正元年)の8月5日と言われていることからこの日をこの日をタクシーの日と定めた。令和4年8月5日


コロナ、コロナ、コロナに尽きる毎日。首相は第7波の収束後に感染法上の扱いの議論をするとしている。しかし、現場を 扱う知事や専門家からは、政府のスピード感のなさを指摘する声が多い。「全数把握をリスクの高い人に絞るなどはすぐに 決断できる」と、大阪府の吉村洋文知事は、記者会見で「第7波の収束後」にこだわる政府の姿勢を批判した。今の2類相当 では対応できる医療機関が限られている。吉村氏は「極めてリスクの高いウィルスの扱いでなく、通常の疾病としてオール 医療で対応すべきである。直ちに、5類相当にすべきだ」と声を大にして訴えている。オミクロン株は99%が軽症・無症状 である。いつまで、結核感染症並みの2類相当に政府はこだわっているのか、極めて疑問である。直ちに、インフルエンザ並みの 5類相当にすべきである。
今日、8月4日は「箸の日」。「箸を正しく使おう」という民族学者の提唱で、わりばし組合が 1975年に制定。「8(は)し(4)」の語呂合わせ。令和4年8月4日。


連日、猛暑、コロナ。日本感染症学会など4学会は2日、東京都内で記者会見し、新型コロナウイルスの感染「第7波」が続く中、 「症状が軽い場合は、検査や薬のため医療機関を受診することを避けてほしい」とする緊急声明を発表した。オミクロン株は「順調 に経過すれば風邪と大きな違いはない」とした上で、自宅で抗原検査キットを活用したり、市販薬を購入したりするよう求めている。 声明では、「オミクロン株は平均3日で急性症状が出現するが、ほとんどが2〜4日で軽くなる」と指摘。発熱や喉の痛みなどの症状が 出た際は「まずは仕事や学校を休んで外出を避け、自宅療養を始めてほしい」とした。呼吸困難や37.5度以上の発熱が4日以上続いた 場合などは重症化する可能性があるとし、「かかりつけ医や近隣の医療機関に必ず相談してほしい」と要請した。日本プライマリーケア 連合学会の大橋博樹副理事長は「地域の開業医だけでは太刀打ちできないレベルになっている。市民一人一人が医療の逼迫に 協力いただけるような風潮が広まってほしい」と訴えた。
今日、8月3日は「はちみつの日」。8(はち)3(みつ)の語呂合わせで、 全日本はちみつ協同組合と日本養蜂はちみつ協会が制定。


猛暑が続いている。この時期は、夏休みだった。当時、和歌山県東牟婁郡熊野川町松沢と言って、小さな炭鉱のあるところ に住んでいた。父は、松沢炭鉱がつぶれるまで、そこの経理事務をやっていた。家からの景色は、ずっと連なった三重県側の 山々が連なり、和歌山県と三重県の県境をとうとうと熊野川が流れていた。熊野川は小学生の私にはあまりにも大きすぎて、 溺れるのが怖くて、浅瀬で遊ぶくらいであった。しかし、母の実家は少し下流にある、支流の高田川の上流にあった。 夏休みになると、母方のいとこたち、10人が母の実家の祖父母宅に全員集合して、朝から晩まで高田川の渓流で、魚を釣ったり、 淵になったところで泳いだり、夜には花火遊びをしたりして、自然と触れ合っていた。この年になると、あの頃が、 とても懐かしい。
今日、8月2日は「歩行者天国の日」。昭和45年8月2日、当時の東京都知事美濃部亮吉の提唱で銀座や新宿、池袋、浅草で 歩行者天国が実施された。この年に、私も大学に入学したが、そんなことがあったのかと思う。


今日も一日暑くなりそう。何日か前から、2〜3匹の猫がウッドデッキの上をちょろちょろしだしたためか、雀がパタッと 来なくなってしまった。猫は雀にとって天敵である。
今日、8月1日は「水の日」。1年のうちで水の使用量が最も 多い月であることから、節水を呼び掛けるため制定された。今日から1週間は「水の週間」とされている。令和4年8月1日。


政府は、新型コロナウイルス流行「第7波」の収束後、コロナの感染症法上の「2類相当」扱いの見直しに着手する。保健所や 発熱外来の負担軽減のため、感染者の全数把握取りやめる。これまで、感染拡大のたびに保健所と発熱外来がの業務が 逼迫してきた。濃厚接触者の特定と待機要請も行われ、企業や公共機関の職員欠勤が相次ぎ、社会経済活動にも 支障が出ている。季節性インフルエンザと同じ5類相当なら、全数把握は不要で一般の医療機関での診察も可能となる。 ただ、単純に5類と同等にするのではなく、社会経済活動の正常化に必要な範囲で緩和される。コロナ医療やPCR検査を全額 公費負担とすることは変えない。いずれにしても、一般の医療機関でコロナ患者の診察が可能となることは、歓迎すべき ことである。
今日、7月31日は「蓄音機の日」。1877年(明治10年)7月31日、数々の発明品を世に出したエジソンが、 自身の発明品の一つ「蓄音機」の特許を取得したことにちなんで制定された記念日。令和4年7月31日。


奈良県で開かれている夏の全国知事会で、複数の知事が新型コロナウイルスについて感染法上の分類を見直し、厳格な 制限を伴う「2類相当」から引き下げるよう訴えた。現行の2類相当ではすべての感染者の行動履歴をさかのぼる「積極的 疫学調査」が求められる。これにより自宅待機する濃厚接触者が多くなり、社会経済活動が止まってしまう。新型コロナウイルス では、99%が軽症・無症状のこともあり、この感染症で亡くなっても老衰なのか病死なのかの判断もはっきりしない。 普通の風邪ではないかと思ってしまう。良識のある人ならば、分類を直ちに引き下げるであろうが。
今日、7月30日は 「プロレス記念日」。1953年(昭和28年)7月30日、プロレスラーの力道山が中心となり、日本プロレス協会が結成された ことにちなんで制定された。令和4年7月30日。


夏は好きだが、やはり暑い。患者さんにも、暑くて出る気がしないという人が多い。
昨夜、色々、書類を書いたり、 ホームページの日誌を書いたり、忙しくしていた。家内は、椅子に座ったまま口をぽかんと開けて、ほぼ爆睡状態。 毎朝5時過ぎには起きて、こまごまと動いているからだろうな。私は、年のせいか、目が固く、11時過ぎてもなかなか 寝付けないし、早朝5時前には目があいてしまう。
7月29日は「アマチュア無線の日」。日本アマチュア無線連盟 が制定。昭和27年7月29日、戦中に禁止されていたアマチュア無線が解禁。その後、「ハムになろう」を合言葉に アマチュア無線がブームとなった。令和4年7月29日。


天気予報も的中する確率はあまり高くなさそうである。今日は、大体、晴れそうであるが、にわか雨もあるかもしれない。 昨日は、予報では雨であった。確かに、午後3時ころ雷を伴う土砂降りの大雨だった。しかし、4時ころからはカッと 日が照り、一気に気温も上がった。晴れのち雨のち晴れという目まぐるしく天気の変化した一日であった。
今日、 7月28日は「菜っ葉の日」。「な(7)っ(2)ぱ(8)」と読む語呂合わせからこの日に制定。葉物の野菜を食べて 夏バテを防ぐことを目的としているが、誰によっていつ制定されたかは不明。菜っ葉とは、キャベツや白菜、ほうれん草、 小松菜といった葉っぱの部分を食用とする野菜を指す。令和4年7月28日。


今日は、一日、天気が悪そう。その分、気温はいくらか下がりそう。昨日は、暑かったな。夏本番の暑さだった。赤道では、 天から蝉の鳴き声が降ってきた。枝から枝へ飛び交う蝉の大群。やったー。夏が来た。午後の会議の前に喫茶店で飲んだアイスティー がとてもおいしかった。
今日、7月27日は「スイカの日」。日付の由来は語呂合わせ。スイカが夏の果物の代表で あることを「夏の横綱」と例えて、それを語呂合わせにしている。な(7)つのよこづ(2)な(7)というもの。 令和4年7月27日。


この頃、ウッドデッキに集まる雀が増えた。理由はよくはわからないが、田んぼの方の餌が減ったのかもしれない。朝早くから、 チュンチョンと鳴きながら、まるでおしくらまんじゅうでもするように、餌をついばんでいる。時々、何かの気配に驚いて 、一斉に飛び立っていく。賑やかな毎朝である。
今日、7月26日は「幽霊の日」。1825(文政8)年のこの日、江戸の 中村座で四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」が初演された。東海道四谷怪談(通称「四谷怪談」)は、夫民谷伊右エ門に 毒殺された四谷左門の娘お岩の復讐話で、江戸の町に実際に起こった事件をモデルにしている。令和4年7月26日。


今日も夏晴れの一日になりそう。気温も34度くらいまで上がりそうである。赤道の蝉の大群も、夏本番。
昨日で、大相撲名古屋場所 が終わった。平幕の逸ノ城が優勝を飾った。おめでたいことである。奇跡的なことと言ってもいいくらいである。平幕優勝は 昨年初場所の大栄翔以来となった。
今日、7月25日は「かき氷の日」。「な(7)つ(2)ご(5)おり」の語呂合わせに加え、 1933年のこの日、フェーン現象によって、山形市で日本最高気温の40.8度が記録されたことにちなんで、日本かき氷協会が、 冷たいかき氷にふさわしい日として制定した。令和4年7月25日。


日差しはかなり厳しい。ついつい木陰を求めて歩いてしまう。しかし、朝夕の風は少しひんやりしていて気持ちがいい。風が そよぐと枝葉が揺れ、視覚的にもさわやかだ。本格的な夏は8月に入ってからになりそう。
今日、7月24日は「地蔵盆」。 地蔵盆(じぞうぼん)は、地域菩薩の縁日で、厳密には毎月24日である。一般的には、その中で特にお盆に近い旧暦7月24日の ものをいう。ただし、寺院に祀られている地蔵ではなく、道祖神信仰と結びついた「路傍や街角のお地蔵さん」いわゆる 「辻地蔵」が対象となっている。令和4年7月24日。


今日から、また夏が戻ったようだ。シャシャシャと鳴き続ける蝉。この鳴き声が最高にいい。しかし、季節は流れている。 午後診からの帰り道、6月の終わりころに比べて、随分と暗くなってしまった。秋が近づくのを感じる。まだ、ツクツクボウシ も鳴き始めていないのに。
今日、7月23日は、2022年の「夏の土用の丑の日」。今年は、夏に2回、土用の丑の日がある。 7月23日(最初の土用の丑の日で「一の丑」)、それから8月4日(2回目の土用の丑の日で「二の丑」)の二つである。今日は、 うな丼を食べようと。令和4年7月23日。


これだけコロナが増えると、身近な人たちも、コロナにかかってこれなかった、会社で4〜5人の患者が出たので会社 から今週は出社するなと言われた等々、色々。しかし、クリニックでの切迫感はまるでない。そういいながらも、皆、 それぞれの毎日をうまく送っている。ウィズコロナです。コロナとともに生きていきましょう。手洗い、うがい、マスク はお忘れなく。
今日、7月22日は「下駄の日」。全国木製はきもの業組合連合会が制定。「7」は下駄を作るときの 寸法に「7寸7分」という数字が使われたことから。「22」は下駄で歩くとその跡が「二」に見えることから制定された。 令和4年7月22日。


今日も一日曇り空。朝の赤道では、蝉が賑やかだ。まるで、両耳に蝉が入っているようだ。
今日、7月21日は「 日本三景の日」。この日は、日本が誇る絶景の日本三景の日。日本三景とは、「松島」「天橋立」「宮島」のことで、 海と新緑の松が見える景色がとても綺麗なことで有名です。日本三景をさらに広めるために、日本三景観光連絡 協議会が制定した。令和4年7月21日。


日本各地で大雨になっている。奈良も降ったりやんだり、目まぐるしく天候が変わる。小雨の中、赤道では クマゼミの合唱が聞かれる。蝉しぐれの中を傘さして歩くのも悪くない。午後遅く、医師会館からの帰り道、 道路上にコガネムシが足をばたつかせながら、ひっくり返っていた。指につかまらせて近くの生垣の上に放った。 綺麗な緑色したコガネムシであった。
今日、7月20日は「Tシャツの日」。7月20日は長年、海の記念日とされ、 「T」がアルファベット順で20番目で、Tシャツは海に似合う格好でもあり、愛知県のファッションメーカー・ ファッションミシマが7月20日を記念日に制定。令和4年7月20日。


今日はまた雨の一日になりそう。昨日、一昨日は連休で一日中ゴロゴロしていた。たまには何もしない日もあっても いいのだろう。
今日、7月19日は「青春映画青い山脈封切の日」。昭和24年7月19日、石坂洋次郎の 小説「青い山脈」を映画化した映画「青い山脈」(今井正監督)が封切。主演は原節子、池部良。主題歌(西條八十作詞) は、発表当初は藤山一郎と奈良光枝が歌った。昭和の歌の代表作となっている。令和4年7月19日。


コロナが第7波に突入した。しかし、もう誰も危機感を持ってはいない。ウィズコロナでやっていくしかないという共通認識が できているのであろう。昨日も、祇園祭りの山鉾巡行が盛大に行われていた。とてもいいことだ。
今日、7月18日(月)は 「海の日」。国民の祝日の日である。美しい風習を育てつつ、より良き社会、より豊かな生活を築き上げるために定められた 「国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」である。令和4年7月18日。


報道でも、東北や中国地方などで大雨が続いているという。戻り梅雨という言葉も見かける。奈良でも、カラッと晴れる日はなく パラパラと小雨が降っている。私の住んでいるあたりは、まったく河川がなく洪水の心配はない。年配のカウンセラーの方が、 ずっと休みを取っていて、山に登りに行くといっていたけど、大丈夫かと思う。
今日、7月17日は、「祇園祭・山鉾巡行の日」。 日本三大祭に数えられる京都市の「祇園祭」で、ハイライトとなる山鉾巡行が行われる。また、私の記憶に間違いがなければ、 初恋の人の誕生日。令和4年7月17日。


今日も、雲の多い一日になりそう。赤道の樹木で、蝉がガヤガヤ鳴きだした。最高気温も30度を少し超える程度。
昨日は、ランチはつけうどん。冷たくて、のど越しがよかった。午後診があるので、クリニックに帰りしな、 コンビニでウーロン茶のペットボトルを2本買った。
今日、7月16日は「虹の日」。デザイナーの山内康弘氏が 制定。日付は「なな(7)いろ(16)」(七色)と読む語呂合わせと、梅雨明けのこの時期に空に大きな虹が出ることが 多いことから。「人と人、人と自然、世代と世代が七色の虹のように結びつく日」としている。令和4年7月16日。


お天気がすっきりしない。患者さんとも、うっとうしいですね、と互いに愚痴っている。先日の元首相の殺害事件も 暗い影を落としている。新型コロナ患者もまた増加してきている。ロシアのウクライナ攻撃も終わりが見えない。 世相はどうしても暗いほうに行っている。困ったことである。
今日、7月15日は「中元」。半年生存の無事を 祝い、祖先の霊を供養する日。元々は、正月15日の上元、7月15日を中元、10月15日の下元をあわせて「三元」とする 道教の習慣。本来は旧暦の7月15日をさす。令和4年7月15日。


昨日はつかの間の晴れ間で、多少、蝉もにぎわっていた。今日から、しばらく雨が続きそう。心気症の患者さんから、 ドバっと汗をかいて、クーラーに入って冷っとなって大丈夫か、と電話が頻繁にかかってくる。温度の設定は、 26.0度でいいか、25.5度でいいか。低体温症にならないか、心配だ。今から除湿にして、2時間したら、室温が 24度まで下がらないか、などなど。私にとっても、分からないことを何回も聞いてくる。自分でも、気にしすぎだと 分かってはいる様子だが。治癒の道はかなり遠そうである。
今日、7月14日は「ペリー上陸記念日」。1853年 7月14日(旧暦、嘉永6年6月9日)、アメリカの4隻の黒船艦隊が江戸湾の浦賀沖に現れ、フィルモア大統領の国書を 携えたペリー提督が久里浜に上陸した。令和4年7月14日。


戻り梅雨のような日々が続いている。なかなか、蝉もにぎやかになきわめいてくれない。赤道の樹木の幹には、毎朝、5〜6個 の蝉の抜け殻は見かけるのだが。どうも、気候が不安定なためらしい。蒸し暑さで、体中にべとべとと汗はかくのだが、 いっこうに夏らしさが続かない。変だ、変だと首をかしげてしまう。
今日、7月13日は、「日本標準時刻制定記念日」。 1886年のこの日、勅令「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」が公布され、1889年1月1日から統計135度の時刻を日本の 標準時とすることが定められた。令和4年7月13日。


今日は、雨模様かな。このところ、天候は不安定。折り畳み傘が欠かせない。
昨日は、患者さんに、「俺は病気もち なんだから、受付の人のあたりがきつすぎるよ。」と言われて、困ってしまった。しばらくは静観するしかないか。帰路、 赤道のところで、大勢の小学生に鉢合わせた。思い思いにグループを組んで、はしゃぎながら歩いていたな。蝉の鳴き声よりも 騒々しかった。
今日、7月12日は「ひかわ銅剣の日」。昭和58年4月12日、島根県斐川町(現在の出雲市斐川町) で広域農道の建設に伴う遺跡分布調査を行ったところ、調査員の一人が田んぼの畦で古墳時代の須恵器の破片を拾った。 遺跡名を「荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)」と命名。昭和59年7月12日、一次発掘で358本もの銅剣が発見された。 現在では、「島根県荒神谷遺跡出土品」として、国宝に指定されている。「島根県立古代出雲歴史博物館」に 常設展示されている。令和4年7月12日。


この頃、木の幹に蝉の抜け殻がくっついているのを見かける。そっと、手に取って、手のひらにのせて、歩き出す。 しばらく、そのままにして、バス停近くの垣根の上に、そっと置いてバス停に向かう。バス停までもっていったら、 きっと、どこのボケ爺さんと思われるだろうね。天気も不安定で、あまり夏らしくない。
今日、7月11日は、 「世界人口デー」。国際デーの一つ。1987年のこの日に、地球の人口が50億人を超えたことから、世界の人口問題へ の関心を深めてもらうために制定された。国連は、この日にユーゴスラビア(当時)のザグレブで生まれた男の子を 50億人目と認定し、デクエヤル事務総長が駆けつけて祝福した。令和4年7月11日。


少しずつ、赤道を通る時、クマゼミが鳴きだした。それでも、かすかに耳に響く程度で、とても盛夏には程遠い鳴き声。
昨日は、昼から近鉄奈良駅あたりを歩いていたら、ひどい土砂降りのにわか雨にあってしまった。しばらく、本屋に 入って雨宿り。本棚を見ると、たくさんの本が所狭しと並んでいる。皆、商業出版の本かと思うと羨ましくなってしまう。
今日、7月10日は「納豆の日」。関西納豆工業協同組合が1981年に関西地域限定の記念日として制定し、全国納豆 協同組合連合会が1992年に、改めて全国の記念日として制定した。七(なっ)十(とお)で「なっとう」の語呂合わせ。 令和4年7月10日。


毎日、暑い。クリニックのエアコンもフル稼働。患者さんとも、暑いですね、で終わってしまう。しかし、いまだに赤道の 蝉が鳴きださない。不思議な気持ちにかられながら、毎朝、赤道を歩いている。
今日、7月9日は「ジェットコースターの日」。 昭和30年7月9日に開園した後楽園遊園地(現在の東京ドームシティアトラクションズ)に日本初のジェットコースターが 設置された。ジェットコースターは和製英語で、正しくはRoller coaster。日本初のローラーコースターは、明治23年の 第3回内国勧業博覧会(上野)に登場の「自動鉄道」であった。令和4年7月9日。


今日、7月8日午後5時3分に、安倍晋三元総理が、凶弾により心肺停止で救急搬送された大学病院で亡くなられた。 日本の偉大な政治家であった。心からご冥福をお祈り申し上げます。令和4年7月8日午後10時7分。


じわじわと蝉が鳴きだしそう。野鳥の森あたりから蝉の合唱の声。まだ、赤道での大合唱は起きていない。肌に感じる 空気もむっとした熱波でもない。本格的な夏はこれからかな。
昨日は、大阪の難波パークスシネマまで映画を 見に行った。早川千絵監督、倍賞千恵子主演の「PLAN75」。近未来の日本の現実を描いた作品だ。日本政府は、<PLAN75> という政策を打ち出す。この制度では、75歳以上の人が申請すると、国の支援のもとで安らかな最期を迎えられるというもの。78歳になってもホテルのベッドメイキングやガードマンをしながら、自分の力で生きている角谷ミチ (倍賞千恵子)。だが、高齢で、一日の仕事が終わるとヘトヘトになっていた。ある日、偶然に目にした<PLAN75>の政策に 引き込まれる。そうして、<PLAN75>に申し込むが、安楽死の、その日に隣のベッドで死に行く男性の様を見て、死んでは ダメだ、生きなければと、<PLAN75>の安楽死の施設から外に飛び出す。そこには、夕日に染まる山並みが広がっていた。 生と死のはざまで揺れ動く人間の心理を見事に抉り出していた。
今日、7月8日は「外務省開庁記念日」。明治2年7月8日に、 当時の明治新政府が外務省を創設したことにちなんで制定された記念日。令和4年7月8日。


今日は晴れの暑い一日になりそうである。まだ、7月上旬なので、日が長い。午後7時過ぎにクリニックを終えて、外に出ても 周囲は明るい。電車の窓から、ゆっくりと暮れ行く、赤い夕焼け空が見える。
今日、7月7日は「七夕(たなばた)」。 江戸時代になると、七夕は「五節句」の一つとされ、幕府公式の祝日だった。寺子屋などでは紙の短冊に願い事を書き、 読み書きの上達を願った。
故郷の新宮市熊野川町では、子供のころ、村中総出で、竹に願い事を書いた短冊を 結びつけ、夜空一面に散らばる天の川の下で、一斉に、竹を熊野川に流して、願いが叶うようにしていた。子供はいつもは 夜は外出が禁止されていたが、七夕の日だけは例外であった。子供たちも皆、思い思いに花火をしたり、川べりに細い魚道を作って 、そこを上ってくるウナギの稚魚や小海老や子ハゼなどを竹で作った道具で捕まえたりした。令和4年7月7日。


台風4号もいつの間にか温帯低気圧に変わってしまった。曇り空の一日になりそう。今日は、歩いて10分くらいのところの 北山先生のところで、4回目のコロナワクチンを接種する。朝早くに接種するので、朝からバタバタしそうである。
今日、7月6日は「ピアノの日」。1823年(文政6年)のこの日、オランダ商館医のドイツの医師のシーボルトが 日本に初めてピアノを持ち込んだとされている。令和4年7月6日。


今日は雨脚が強まりそう。大雨にあわないように帰ろうかな。昨日、今年初めて蝉の抜け殻を発見した。誰かが、 木の幹にへばりついていた抜け殻を赤道の地面の上に捨てたようだった。しかし、一向に、しゃっしゃっと蝉の大合唱が 始まらない。今年はなんか変。たった2週間で梅雨明け宣言も出たし。7月になって、猛暑日もあったのに、夏を象徴する 蝉がほとんど鳴かない。蝉のアンテナも狂ってしまったかな。
今日、7月5日は「江戸切子の日」。東京カットグラス 工業協同組合が制定。江戸切子の文様の一つ「魚子(ななこ)」から7(なな)5(こ)の語呂合わせ。日本人の 手によって初めてカットグラスが作られたのは、1834(天保5)年。江戸・大伝馬町の加賀谷久兵衛(通称「加賀久」) が、金剛砂を用いてガラスを彫刻し、切子細工の方法を生み出したことが始まり。令和4年7月5日。


しばらく、台風のおかげでぐずついた空模様が続きそうである。
昨日は散髪。どうも、散髪は好きでもない。 目の前の大きな鏡に、白髪頭の毛の薄くなった爺さんが映っている。この現実が嫌なのだ。バッチリ白髪染めし、アデランスで毛をふさふさにするのも、面倒だし。ウーン、頭の痛いところである。 まあ仕方ないか。
今日、7月4日は「アメリカ合衆国の独立記念日」。1776年7月4日、大陸会議によって、 アメリカ独立宣言が採択され、イギリスによって統治されていた北米13植民地が独立した。令和4年7月4日。


今日から雨模様。台風4号の影響だ。全国的に気温はまだ高い。蝉もまだまだ本格的に鳴きだしてはいない。 梅雨明け宣言は早すぎると、ひそかに考えているのだろうか。
昨日で、奈良市医師会の役員が新しくなった。 次の会長候補と思われていた副会長が、副会長職を退いた。有能な官僚タイプの男であった。人それぞれの 想いがあるのであろうが、彼が医師会の役員から去るのは、医師会にとっても大きな痛手になるであろう。
今日、7月3日は、「ソフトクリーム」の日。1951年(昭和26年私の生まれた年)のこの日、明治神宮で 米軍主催の「アメリカ独立記念日」を祝うカーニバルが行われた。その時初めて日本人向けにソフトクリーム が売られたことにちなんで、日本ソフトクリーム協議会が定めた。令和4年7月3日。


行きも帰りも赤道を歩いて通っている。両側から、針葉樹や落葉樹が覆い隠すように茂っているので、秋の紅葉の 頃は、赤色や黄色の樹木の葉っぱで、トンネルのようになる。多分、それが、赤道という名前の由来であろう。夏の この時期は、ずっと木陰ができていて、随分と、涼しく感じられる。もう少し経てば、何百という蝉が鳴き出すので、 蝉太鼓のような騒々しさが生まれる。
7月2日の今日は、「ユネスコ加盟記念日」。1951年のこの日、日本が 国連教育科学文化機関(ユネスコ)に加盟した。ユネスコの本部はパリにあり、「教育・科学・文化を通して 世界の平和と安全に寄与する」ことを目的として、広報活動・情報交換・成人教育・児童教育等の文化普及活動 を行っている。令和4年7月2日。


今日も猛暑になりそう。ボチボチ蝉も地中から這い出してきそうである。昨日、今年初めて蝉の鳴き声を、遠く、かすかに 聞いた。蝉がガヤガヤ鳴き出せば、本格的に夏だ。四季の中で、一番好きなのが夏。渓流の魚たちと遊んだ子供時代が 懐かしい。青白い顔の少年が精悍な真っ黒な顔にかわる季節だった。
毎年7月1日から7月31日、日本三大祭「祇園祭」 が京都・八坂神社をはじめ各地で開かれる。八坂神社は全国各地の祇園社の本社で、各地で行われる「祇園祭」も ここがルーツ。クライマックスは、7月17日の山鉾巡行である。令和4年7月1日。


今週の金曜日が暑さのピークになりそう。朝来て、診察室の温度計を見たら、なんと、35.5度もあった。あわてて、 クーラーのスイッチを入れるが、室温が28度くらいになるのに30分〜40分はかかる。
気温の上昇に合わせて、適当に 涼風が吹けばいいのだが、風はそよっとも吹かない。木々の葉っぱも、止まったまま。ほんのかすかな揺れがみられるだけ。 この暑さなのに、私は、今年はまだ蝉の鳴き声を聞いていない。夏といえば、蝉しぐれとかき氷。この二つがそろわないと 夏とは言えまい。来週は、帰り梅雨とのこと。どっこい、まだまだ、梅雨は残っている。
今日、6月30日は「大祓(おお はらえ)である。夏越の祓(なごしのはらえ)ともいわれる。この日は、半年間の罪や穢れを払う儀式「大祓」が 行われる日である。令和4年6月30日。


今日も暑い。天気予報でも、ずっと晴れマーク。
昨日は、診察中に、患者さんに近畿地方の梅雨明けを教えてもらった。 午後の会議の前に、喫茶店でアイスクリームを食べた。昼食時に、ずっと向こうに席どっていた修学旅行生たちが、かき氷を 注文していた。子供のころを思い出すと、新宮市のおじさんの家の近くにかき氷屋があって、スイカ風に作ったかき氷を ほおばっていたのをついこの前のことのように思ってしまう。口の中がひんやり冷たくて、甘くて、とてもおいしかったな。
今日、6月29日は、「滝廉太郎忌」。「荒城の月」、「箱根八里」などで知られる作曲家・滝廉太郎は明治36年の6月 29日没。大分市金池町の万寿寺が墓所。大分県竹田市にある少年時代の2年半を過ごした旧居は「滝廉太郎記念館」と なっている。 令和4年6月29日。


年のせいか、朝4時、5時には目が覚める。ぐっすり寝たと思っても、3、4時間である。床を出るのが6時過ぎだから、 それまでは横になったまま、体を休めるようにしている。
昨日は、午前診が終わってランチを済ませてから、NTT西日本 の担当者とファックスとコピーの複合機の設置方法について検討。待合室と診察室2との壁に穴をあけて、ケーブルを 通す案などが出た。4時半近くに工事業者がやってきて、検討したが、穴をあけると、退去時に大きな修復工事が 必要になるとのことで、ケーブルは天井裏を這わせることになった。
今日、6月28日は、「貿易記念日」。 1859年(安政6年)のこの日、江戸幕府が5つの国に一部の港での自由貿易を許す布告をしたことが由来。 自由貿易が許された国は「アメリカ」「イギリス」「オランダ」「フランス」「ロシア」、港は「函館」「横浜」 「長崎」だった。令和4年6月28日。


このところ、うだるような暑さの日々。まだ6月梅雨時というのに、この暑さ。7月、8月の暑さが思いやられる。日本も、 とうとう亜熱帯地方になってしまった。多摩川では、淡水の大型熱帯魚が悠々と泳いでいるという。大変な時代に なってしまった。
昨日の日曜日は、一日中、クーラーのきいた居間でゴロゴロしていた。参議院選挙が行われて いるはずだが、選挙カー一台も通らない。本当に静かな住宅街である。
今日、6月27日は「ちらし寿司の日」。 この日は、”山の幸や海の幸などの食材をたっぷり使ったちらし寿司を食べて、夏に向けて元気になってもらおう” という思いを込めて2004年(平成16年)に制定された記念日。日付は、ちらし寿司が誕生するきっかけを作ったとされる 備前岡山藩主・池田光政の命日にちなんで制定された。令和4年6月27日。


雲は多めだが、今日も30度を超える真夏日になりそう。
昨日も、暑かった。群馬・伊勢崎で40.2度。6月の国内40度到達は 史上初とのこと。奈良市でも、最高気温が33度だった。
最近、また、雀が何羽もウッドデッキに集まって、まいてある 小鳥用の餌をついばむ姿を見ることが増えた。田んぼや畑で餌になる虫が減ってしまったのかも。餌は、毎朝、ウッドデッキに まいているが、このところ、残った餌がたくさんあったので、餌をまかない日もあったのだが。
今日、6月26日は「露天風呂 の日」。6(ろてん)26(ぶろ)の語呂合わせで、岡山県湯原町(現・真庭市)の湯原温泉が制定。湯原温泉郷では6月26日 前後にイベントが行われている。湯原温泉は天然の露天風呂「砂湯」で有名。令和4年6月26日。


梅雨明けを思わせるような暑い日が続いている。まだ蝉がガヤガヤと鳴き始めていないので、梅雨明けではなさそう。 昨日は、患者さんが来るたびに、「暑いですね」と連呼。風も心なしか熱く感じられる。初夏の涼風には遠く及ばない。 近鉄奈良駅の行基像の前で、選挙運動がなされていた。この暑さの中、大勢の人たちが立ち止まって、聞いていた。 私は、ちらっと見てさっと通り過ぎた。国会議員は選挙の時だけ、ペコペコしていて、当選したら、皆、ふんぞりがえっている。 誰がなっても同じであろう。
今日6月25日は、「指定自動車教習所の日」。この日は、指定自動車教習所制度が導入されたことに ちなんで制定された記念日。1960年(昭和35年)6月25日に道路交通法改正法が施行されて、公安委員会が指定した自動車教習所 を卒業すると、運転免許を取るために必要だった技能試験が免除される制度が定められた。令和4年6月25日。


しばらく、30度を超える真夏日が続きそう。昨日は、午後から県医師会の総会に出席。行きの電車も帰りの電車も、北山先生と 一緒だった。彼は、確か昭和3年生まれの戦中派。昭和20年8月6日広島に原爆が投下された日、彼は17歳で、海軍兵として 広島に派兵されていた。爆心地から10キロ離れたところで被爆した。運よくコンクリートの壁の裏側にいたため、手に軽い やけどを負っただけで、奇跡的に助かった。3000度の熱風が通り過ぎたという。8月15日終戦と同時に奈良に帰り、現在の 奈良県立医科大学で医学を学んだ。今年、94歳になる彼は現役の内科医として、活躍している。この7月から、4回目の コロナワクチン接種が始まる。彼も毎日12人の人にワクチン接種をするという。素晴らしいことである。私も、彼のように 一日でも長く診療活動を続けたいものである。
今日6月24日は、「UFO記念日」。1947年にアメリカで初めてUFOが目撃されたのが 、まさしくこの日だった。この目撃事例は「ケネス・アーノルド事件」と呼ばれている。アーノルドは自家用機を操縦し、 6月24日にベーカー山周辺を飛行していた時に、この目撃事件が発生した。アーノルドは突然強い光の反射を感じた。その時、 彼は不思議な飛行物体を目撃した。奇妙な特徴を確認。飛行物体に尾翼がない。時速1350マイルという高速(この当時の 航空機の最高速度は時速700マイル程度)。この目撃事件を境に、未確認飛行物体について世間一般に知られるようになった。 この日になると、多くのアメリカのUFO愛好家は空を見上げて、大宇宙のロマンに想いを馳せる。令和4年6月24日。


今頃は小鳥が生まれる季節なのかもしれない。この前、近鉄奈良駅の小西通りを歩いていたら、頭の上の方から、ピヨピヨ と鳴き声がしたので、金券ショップの軒下を見ると、赤ちゃん燕が2羽、巣から顔を出していた。家のウッドデッキのところにも 母雀につれられた子雀がいて、盛んに母雀に向かって、かいがいしく羽ばたき大きく口を開けて、餌をねだっていた。
昨日は、朝方、雨脚が強かった。バスや電車の窓からも、雨脚で曇った景色がぼんやりと見えていた。それが、午後からは 雨がすっと去って、晴れ間が訪れ、気温も急上昇。暑い一日となった。手にした傘も邪魔で、人に気を付けながら、バットのように 振り回したりしながら歩いた。
今日は、6月23日、「オリンピックデー」。1894年(明治27年)のこの日、フランス・パリで 開催された国際会議にて、国際オリンピック委員会(IOC)が創立されたことにちなんで制定された。令和4年6月23日。


今日も朝から雨雲。午後から、県庁の食堂で定食。ボチボチ、今月分のレセプト作業に入らねば。
昨日も結構雨だったな。 雨にもかかわらず、患者さんは多かったな。午後から会議。医師連盟の副責任者になったが、どうも、自分でも実力不足感いっぱい。 頼りにしていた旧友の根本匠衆議院予算委員会委員長にも、「俺の名前を出すなよ!」と釘を刺されてしまったから、中央政界との パイプも細々となっている。まー、何とかなるか。仕方ないな。
昨日のヤフーニュース、皆さん、見た!?「カンボジア 北東部を流れるメコン川で、巨大な淡水エイが捕獲された。全長4メートル、重量が300キロもあった。研究者らは、世界最大の 淡水魚だと発表した。」。何年か前の2009年10月、同じメコン川で、メコンオオナマズが伝統漁法のやなにかかって捕獲された。 体長252センチ、体重は推定200キロ以上あり、捕獲後まもなく死んだ。今回の淡水エイは、生きたまま、追跡タグをつけられて、 今後1年間はその動きを追跡されるという。メコン川はあまりにも巨大で、日本の川がひよこのように見えてしまう。 巨大エイに、巨大オオナマズに、世界はすごいですね。
今日は6月22日。いっぱいあるので、一つだけ挙げておく。 1633年地動説を提唱するガリレオガリレイは、地球が動くという旨を書いた著書「二大世界体系についての対話」を発刊。それに 対する罪で1633年に第2回異端審問所審査がサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会で開かれ、6月22日に有罪が告げられた。 地動説を放棄する旨の文章を読み上げた後につぶやいたとされる言葉が、「それでも動く」だったそうだ。令和4年6月22日。


梅雨空が続きそう。分厚い灰色雲が空を覆い、薄白い雲が所々に見られる。今日も、一日雨かな。
昨日は、 午後からスキャナーの画像の取り込みで、四苦八苦。結局、キャノンに電話して、何とか必要な図表のみ、パソコンに 取り入れたが、あーしてこーしてと言われるままにやったので、後で自分でやろうとしたが、また、サッパリわからなく なってしまった。今度、電話でやり方を聞くときはメモしながらにせねばと思った。
今日、6月21日は夏至。 夏至は年によって日付が変わるが、6月21日は夏至にあたることが多い。この日は、「世界音楽の日」でもあり、 毎年この日には、世界各地でコンサートなど様々なイベントが開催される。令和4年6月21日。


身近な鳥はたくさんいる。雀、鳩、カラス、ヒヨドリ、鴬、燕、ムクドリ等々。かわいいのは、雀かな。嫌われ者は カラスだ。カッコいいのは、ヒヨドリ。スマートなのは燕。騒々しいのはムクドリ。どんぐさそうなのは鳩。それぞれ 日常を楽しませてくれる。家の周りで、猫がウロチョロしだしてから、雀があまり来なくなった。猫に食べられるのを 警戒している様子。
今日、6月20日は「世界難民の日」。国連が2000年(平成12年)12月に、それまでの 「アフリカ難民の日」を改称して制定。1974年(昭和49年)の6月20日に「アフリカ統一機構難民条約」が発効した。 現在は、アフリカではなく、ウクライナ難民が憂慮されている。令和4年6月20日。


最近は、風を感じることが多い。ピタッと風が止まったように思えても、遠く近くの木々や草々がそよそよと揺れている。 あ、風だ。すると、私の方に向かって、さっとなびく風が吹き抜ける。気持ちがいい。あったかく、寒くもない、ちょうど いい具合の風が通ってゆく。こういうのをさわやかというのであろう。
今日、6月19日は「元号の日」。645年(大化 元年)のこの日、蘇我氏を倒した中大兄皇子(後の天智天皇)が、日本初の元号「大化(たいか}」を制定した。以来、 現在の「令和(れいわ)」までの248の元号が定められている。令和4年6月19日。


今日は、午後から雨が降りそう。午前中の診察を終えたら、すぐに帰ろうか。
昨日は、一日中、暑かったな。県庁の 食堂まで出かけて、ランチを食べたが、帰りは近鉄奈良駅までバスに乗った。70歳を超えると、奈良交通バスの運賃が 小学生以下の100円になるのでお得感いっぱいである。午後の診察を終えて、帰途、新大宮駅から見える空もまだ明るく 青かった。電車が平城京跡のあたりに来たら、夕闇の赤い空が山の境目から上の方に広がっていた。空の真上はまだ 薄青かった。日も随分と伸びた気がする。
今日、6月18日は「おにぎりの日」。石川県鹿西町の遺跡から日本最古の おにぎりの化石が発掘されたことに由来する。もともと毎月18日が「米食の日」とされているため、鹿西町の「ろく」 を取って、6月18日が「おにぎりの日」になった。令和4年6月18日。


今日は晴れたり曇ったりしそうである。最高気温も、30度を超えるようだ。診察室のクーラーも入れないと、暑くなりそうだ。
昨日は、午前中も雨は降ってなかったが、患者さんが少なくて、事務の人たちと雑談しながら診察を終えた。暇、暇、暇。 午後から、会議。発言する機会もなく、またまた、暇、暇、暇。
今日、6月17日は「おまわりさんの日」。1874年6月17日、 日本で初めて巡査制度が開始されたのに合わせて、警察官(おまわりさん)という職業が誕生。同じ年、交番制度も 始まった。令和4年6月17日。


今日は、昼から晴れて、少し暑くなりそう。
昨日は、息子と同じバスになるはずだったが、一本前のバスが5分ほど 遅れてやってきたので、それに乗って、近鉄の駅まで行った。たいてい、このバスに乗ると、混んだ電車に乗ることに なって、なかなか座れない。しかし、うっかり優先席の前でつり革をつかんでいると、若者や主婦が席をかわろうと立ち上がってくれるので 、何となく、申し訳ない気持ちになってしまう。極力、座席から離れた出入口付近に立って、つり革を持つようにしている。
今日は「和菓子の日」。全国和菓子協会が昭和54年に制定。
平安時代に疫病が蔓延。仁明天皇は年号を嘉祥と改め、 嘉祥元(848)年6月16日、16個の菓子や餅を神前に供えて疫病退散を祈ったという。
その後、「嘉祥菓子」の習俗 が近世まで伝承されていました。令和4年6月16日。


今日は、午前中、雨が続きそう。午後診後には雨は一時上がるであろう。
昨日は、肌寒い雨の一日であった。午前中、 パラパラと患者さんが来ていた。午後から、大阪へ。友人の建築家と、UR住宅の改装に必要なチェアーを購入し、こまごまとした ところの打ち合わせをしゃれた喫茶店で行った。十分には理解はできなかったが、プロと建築士の免許だけ持っている 素人の違いであろう。詳しく説明してくれたのだが、その説明に十分についていけなかった。ま、仕方ないか。
今日、 6月15日は、「生姜の日」。生姜の研究や商品開発を行っている永谷園が2009年(平成21年)に制定。生姜は古くから 優れた調味料として、また体に良い食材として生活に取り入れられてきた。生姜の魅力をより多くの人に知ってもらうことが 目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。令和4年6月15日。


今日、一日雨。多分、梅雨入り宣言が出そうである。
昨日は、午前の診察後帰宅。日差しも、少し弱め。風を感じるのも 音ではなく、枝葉の小さな揺れである。さわさわ、そよそよとした軽やかな揺れが、風の存在を感じさせる。
昼食を終えて、 また、バスで駅前の家電店に直行。ノートパソコン2台をリュックに詰めて運んだ。自分では、とても設定できないので、若い 店員さんに、ノートパソコンとBluetooth用スピーカーを無線でつないでもらった。もちろん、設定費用はいくらかかかったが。 これで、ノートパソコンの音楽を大音量のステレオで楽しむことができる。やれやれである。
今日、6月14日は、「世界 献血者デー」。国際赤十字・赤新月社連盟、世界献血団体連盟、国際輸血学会が2004年に制定。ABO式血液型を発見した 生物学者・カール・ラントシュタイナーの1868年の誕生日。令和4年6月14日。


 今日まで晴れて、暖かそうだ。明日から、また雨模様。明日あたり、梅雨入り宣言が出そうかな。
昨日も一日、良く晴れた。 昼頃、用事でバスに乗って出かけたが、結構風が強くて驚いた。赤道を覆いつくす、緑の葉も激しく音を立てて揺れていた。 バスを待つ間も、強い日差しが、暑く体に刺さってきた。そこに、風がざわっと吹き抜けて、さわやかな体感温度に変えていって くれた。
今日、6月13日は「小さな親切運動スタートの日」。1963年のこの日、「小さな親切」運動本部が発足した。 その年の卒業式の告辞の中で、茅誠司(かやせいじ)総長が「小さな親切を勇気をもってやってほしい」と言ったことがきっかけとなって、 6月13日に茅氏を始めとする8名の提唱者が、運動を発足させた。令和4年6月13日。


今日のような晴れの日があると、気象庁も近畿地方の梅雨入り宣言も出しにくいであろう。気温もほどほどでちょうど良い具合。
昨日は小雨まじりの一日。午前中は、たくさんの患者さんで混んでいた。院長室の椅子を温める暇もなかった。朝、バス停に 向かう道すがら、鴬が盛んに泣き叫んでいるので、それに付き合って、ホーホキェキョと何度も口笛で返事を返してあげた。 今年に入って、初めて鴬の鳴き声を聞いたのは、2月か3月ごろだったように思う。結構、鴬は長い期間、鳴き続けるのだな と感心した。
今日、6月12日は「恋人の日」。1988年(昭和63年)に全国額縁組合連合会が制定。ブラジル・サンパウロ 地方では、女性の守護神で縁結びの神でもある聖人アントニウス(251〜356年)の命日の前日の6月12日を「恋人の日」 として、恋人同士が写真立て(フォトフレーム)に写真を入れ交換しあう風習がある。令和4年6月12日。


今日から雨模様。ボチボチ、入梅かな。
日本政策金融公庫奈良支店の非常勤の産業医、メンタルヘルス担当医をして いるので、月1回のメンタルチェックに、昨日は、昼休みの時間に出かけた。大宮通りを歩いて、行くのだが、車が あふれていて、ちっとも快適でない。おまけに、沿道の街路樹は冬の間に枝葉をバッサリ切り落されて、みじめそうに 少しばかり新しい枝葉が出てきている。奈良市ほど街路樹を粗末に扱っているところも珍しいのではなかろうか。目を 楽しませてくれたのは、歩道の端に植えられた、ピンクや紫や黄色の名も知らぬ花々であった。
今日6月11日は 「傘の日」。1989年(平成1年)に日本洋傘振興協議会が制定。日付はこの日が暦の上で「梅雨入り」を意味する 雑節の一つ「入梅」になることが多いことから、この季節の必需品である傘の販売促進と傘の使い方などモラルの 向上が目的。令和4年6月11日。


今日までお天気は良さそうだ。明日は雨の一日になりそうである。
昨日は暑かった。午後から教育支援委員会に出席。 最近は、少子化で就学児童数が減っている一方で、知的・情緒障害児がやたら増えているそうだ。小児精神科医が発言 していたが、彼のもとに障害児が連れてこられるのが年長さんになってからとか。とにかく、母親が障害に気付くのが だんだん遅くなる傾向があるという。母親も働かないと生活が成り立たなくて、結果として、子供にかまっている時間が 減っているのであろう。恐ろしい現実である。
午後5時過ぎの帰り道、赤道で風を感じながら歩いた。木々の葉が さわさわと揺れ、はっきり音として聞こえている。体を吹き抜ける風もさわやかだ。夕方近いというのに、太陽は低く ギラギラと照っていた。私の顔を、両手を焼き尽くしそうだ。しゃれた麦わら帽子が心地よかった。
今日は、 6月10日。「時の記念日」である。671年(旧暦:天智10年4月15日)「日本書紀」によると、天智天皇がこの日、漏刻(水 時計)と鐘鼓(しょうこ)によって初めて時を知らせたとされる。その日を太陽暦に換算して、6月10日が「時の 記念日」と定められた。1920年(大正9年)に東京天文台と生活改善同盟会が制定。令和4年6月10日。


今日、一日、晴れて暑そう。ジャケットはいらないかもしれない。
昨日は、5月分の電算レセプトを送信した。 昼休みは、県庁の食堂で定食。さらに、奈良駅に戻って、郵便局で書留を送り、コンビニでインターネットで 購入したスキャナー代金の振り込み。続いて、書店でクリニックに置く週刊誌を買った。新大宮に戻って、 銀行で両替して、喫茶店でレモンティーを飲んで、一休み。
今日、6月9日は音楽の「ロックの日」。「ロ(6)ック(9)」 と読む語呂合わせからなる。「ロックデー」ともいう。日本記念日協会に認定・登録されている記念日の名称は 「ロックの日」となっている。「ロック」は音楽だけでなく、ファッションやライフスタイル、人々の考え方 にも表現される存在である。令和4年6月9日。


 今日は、天気は良さそう。気温も週末にかけて、どんどん上昇しそうである。赤道の緑のトンネルも鮮やか。
昨日は、 建築家の友達に、書斎用として借りたUR住宅の改装プランの説明をしてもらった。彼女は、以前にテレビで人気を集めた ビフォーアフターの匠の一人である。椅子の一つをとっても、すごいこだわりがあり、目からうろこといった感じだった。 少し、健康面で心配されるが、今のところ大丈夫そうで安心した。
今日、6月8日は「世界海洋デー」。国連が 2009年から実施する国際デー。1992年6月8日にリオデジャネイロで開かれた地球サミットにおいてカナダ代表が 提案し、以来「世界海洋デー」として非公式に実施されていたが、2009年から国連の記念日となった。令和4年6月8日。


このところ、ぐずついた天気が続いています。近鉄電車沿線の田んぼもほぼ田植えが終わっています。もうすぐ、梅雨入りするのでしょうね。
昨日は、一日、アタフタしていました。午前11時ころから、軽食のサンドイッチとプリンを食べ、午後12時には急いで クリニックを閉めて、医師会が用意してくれたタクシーで、近鉄奈良駅東口に急いだ。12時25分丁度に、北九州市から はるばる奈良まで来てくれた元衆議院議員の自見庄三郎先生と秘書さんをお迎えした。待たせたタクシーで、奈良県庁に行き、 荒井省吾知事に面会。自見庄三郎先生と荒井省吾知事とは衆議院議員と運輸官僚という関係で旧知の仲。私も、お二人のお話を 興味深く聞き入った。面談後、奈良市医師会館に、自見庄三郎先生と秘書さんと私が移動。午後2時から3時まで、私の司会で、 「自見庄三郎先生を囲む会」を開催。最後に、自見はなこ参議院議員を応援するガンバローコール。無事に終了して、 ホッと一息。
今日、6月7日は、「むち打ち治療の日」かつ「緑内障を考える日」。むち打ち治療の日【む(6)ちうちを な(7)おそう】との語呂合わせにちなんで、むち打ち治療協会が6月7日に記念日を制定。緑内障を考える日【りょく(ろく=6) な(7)いしょう】の語呂合わせにちなんで、緑内障フレンド・ネットワークが6月7日に記念日を制定。令和4年6月7日。


朝から雨。昼頃には、小雨か曇り空になってくれないかな。
昨日は、家内と梅田まで買い物に出かけた。梅田はにぎわっていた。 阪神百貨店のうなぎ屋で、久しぶりに、ウナギを食べた。関西風味で、皮もこんがりと焼いてあって、おいしかった。子供のころ、 和歌山県新宮市の高田で、母方の祖父が採ってきたウナギもおいしかったな。今頃の時期に田んぼのオタマジャクシを狙って、 高田川から夜中に田んぼに侵入し、オタマジャクシを腹いっぱい食べて、田んぼの中で寝そべっているウナギをウナギばさみでつかんで 採集する狩猟法であった。叔父さんがウナギの頭にきりを突き刺し、背開きでウナギをさばき、かまどで焼いて、しょう油につけて 皆で食べた。好き嫌いの多かった子供の私でも、パクパクと食べたものであった。
今日、6月6日は、「楽器の日」。1970年に 全国楽器協会が制定した記念日です。日付は、”芸事や習い事は6歳の6月6日から始めると上達する”という昔からの習わしに ちなんで制定されました。令和4年6月6日


 今日は朝、晴れているが、昼前から曇りそう。夜には雨が降り出しそうである。明日は、雨模様。今日は、暑くもなく、寒くもなく、農作業にはちょうど良さそうである。
この前、赤道の中を滑空するオニヤンマらしいトンボをみた。トンボって見ててカッコいいですね。また、別の日には モンシロチョウがひらひらと舞っているのを見かけたな。大分前、NHKテレビで、激減する昆虫という番組があった。 熱帯のアマゾンで年に1回、一晩かけて虫を採集するものだが、この10年余りで世界中の昆虫が半減したというので ある。ものすごいスピードで森林が田畑などに開発されてしまったためだそうです。昆虫が絶滅したら、それを餌にしている 両生類や爬虫類も滅亡しかねないでしょう。自然環境の保全について、世界全体で議論がなされないといけません。
おりしも、今日、6月5日は「環境の日」「世界環境デー」です。1972年12月の国連総会で制定。国際デーの一つ。
1972年のこの日、ストックホルムで開催された国連人間環境会議で「人間環境宣言」が採択され、国連環境計画が誕生した。
国連では、日本の提案によりこの日を「世界環境デー」と定め、日本では1993年に「環境基本法」で「環境の日」 と定められた。
事業者及び国民の間に広く環境の保全についての関心と理解を深めるとともに、積極的に 環境の保全に関する活動を行う意欲を高める日。世界各国でも、この日に環境保全の重要性を認識し、行動の契機と するため様々な行事が行われている。令和4年6月5日。


 お天気がいいのは今日までの予報。明日から雨。
近鉄電車沿線の田んぼもほぼ水がきれいにはっている。一つ、 二つの田んぼには、すでに苗が植えられている。後、1週間もすると、田植えも一通り終わりそうである。
日の暮れるのが 遅くなって、午後診の帰り道でもうっすらと青い空が見えている。低い位置には、上弦の月がきれいに冴えている。
今日、6月4日は「虫歯予防デー」。日本医師会が1938年まで、この日を「虫歯予防デー」としていた。第二次世界大戦で 中断したが、1949年に復活させるかたちで口腔衛生週間が制定され、現在は厚生労働省が6月4日から10日までを「歯と口 の健康週間」としている。日本記念日協会が、虫歯予防の大切さを訴える日として、2001年より改めて記念日に制定した。 日付は6と4で「ムシ」という語呂合わせから。令和4年6月4日。


今日も天気は良さそうだ。朝、赤道の樹木のトンネルの中を歩くのが気持ちいい。新鮮な酸素を胸いっぱい吸いながら歩けるのは とても幸せ。
今日6月3日は「世界自転車デー」。アメリカの社会学教授レシェク・シビルスキー氏の提唱により6月3日に 記念日制定された国際デーのひとつ。クリニックの患者さんで自転車屋で働いている人がいるのだが、最近は自転車が 飛ぶように売れていると、目を丸くしている。コロナの影響で、電車やバスを避ける人が増えているのであろうか。 自転車は適当な運動手段でもあるし、健康にもいい影響を与えるであろう。令和4年6月3日。


 今日も晴れ。しばらく、いいお天気が続きそうです。
昨日は、クリニックの5月分のレセプトをすべてプリントアウトし、 そのチェックに追われていました。お昼に、ゆっくりする暇もなく、午後診に突入。会社が終わるころの6時過ぎから、 患者さんがあふれ出し、診察が終わったら、7時を随分と過ぎていました。帰りの電車の窓から、ライトアップされた 大極殿がくっきりと映し出されていました。
今日6月2日は「裏切りの日」。1582年のこの日、本能寺の変で、 織田信長が明智光秀に裏切られて攻められ、本能寺で自害した。中国の毛利攻めに難儀している羽柴秀吉の応援を 命じられた明智光秀は、進軍の途中で道を変更し、本能寺の織田信長を襲った。襲撃を知った信長は誰の襲撃か 尋ね、光秀と聞くと「是非もなし」と応えて自害した。令和4年6月2日。


今日から「水無月(みなづき)」、つまり6月です。一日、お天気は良さそうです。気温も少し高めになりそうです。 朝、近鉄電車で平城京跡を通るとき、左右に、大極殿と朱雀門がみられます。空は大きく明るくて、気持ちも 晴れ晴れとします。
1875年6月1日、日本初の気象台「東京気象台」が設置され、東京で気象と地震の観測が 開始されたことを記念して「気象記念日」が制定されました。そして9年後の1884年の6月1日には、日本で最初の天気予報が発表され ました。令和4年6月1日。


 雨模様の一日になりそうです。昨日も暑かったですね。このところ、大空を滑空する燕をたくさん見かけます。 近鉄奈良駅の北向き商店街には、もうしばらくすれば、チュンチョンと鳴く赤ちゃん燕を見かけるようになるでしょう。
昨日は、昼から休みで、自宅で参議院予算委員会の中継を見ていました。日本の農業の危惧する質問もありました。 ウクライナ情勢を見ていると、やはり日本でも農作物の自給率をあげていかにと大変なことになってしまうのではないか と心配になりました。医師会が来る参議院選挙で推薦している自見はなこ議員も質問に立っておられました。 コロナ禍の中の人獣共通感染症のことやかかりつけ医のことや外国人観光客の医療保険加入制度や小学校での 家族性コレステロール血症の検査の導入などについて質問されていました。
今日、5月31日は、世界禁煙デーです。 WHOが、たばこを吸わない習慣が世界に広まることを目的に制定した国際デーです。毎年この日には、世界各地にて たばこを吸うリスクや、禁煙を呼びかける様々なイベントなどが開催されています。また、1992年から日本では毎年 5月31日から6月6日までを”禁煙週間”と定められました。たばこの煙には有害物質が含まれており、健康に悪影響 を与えるといわれています。令和4年5月31日。


今日も暑そうです。昨日も、無茶、暑かったです。昨日は、朝、駅前の散髪屋に行って、ほぼ白髪頭をサッパリと 整えてきました。先日は、軽い錯乱状態のおばちゃんに、じいちゃん、じいちゃんと連呼されて、いささかめげていました。 思いっきり、注射を打って、差し上げました。2回目は大分落ち着いていて、じいちゃんの連呼がなくなっていました。
今日、5月30日は、「消費者の日」。日本政府が1978年に制定。経済企画庁(現在の内閣府)が主催。1968年のこの日、 「消費者保護基本法」が公布・施行された。また、ゴミゼロの日。「ゴ(5)ミ(3)ゼロ(0)」の語呂合わせ。1975年 に官民一体の530運動推進連絡会が設立、5月30日のゴミゼロの日と11月11日の市民の日を中心として全市一斉の清掃活動 が行われるようになったそうである。令和4年5月30日。


 梅雨を飛び越えて、夏来る。盛夏の暑さです。
昨日、妙な事件が、市医師会で起きました。臨時総会で役員を選んだのですが、 肝心の会長が全く音沙汰鳴く、仕方なく副会長の一人が、選出を受けて挨拶を述べたのです。事務方のトップも何度も連絡したよう ですが、自宅にも医院にも運営されている施設にも、連絡がつかなかった。こんな事態は長年、医師会の役員の方も初めてだと 驚いていました。
今日、5月29日は、与謝野晶子命日(白櫻忌・晶子忌)、登山家エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイ (シェルパ)によってエベレストは初登頂されたエベレスト登頂記念日、5(ご)29(ふく)の語呂合わせで、「呉服の日」、 5(こん)29(にゃく)の語呂合わせでこんにゃくの日、5(こう)29(ふく)の語呂合わせで、幸福の日にもなっているそうです。 令和4年5月29日。


 初夏の陽気が続いています。昨日も、県庁の食堂で定食を食べました。県庁への行きも帰りも、中学生らしい修学旅行生の 集団が群れ歩いていました。観光客らしき人もちらほらと見られました。少しづつ、賑わいを取り戻しているようです。
今日は、何の日。5月28日は、旧暦で在原業平の忌日で業平忌。8代将軍・徳川吉宗が隅田川で花火を打ち上げた花火の日。 屋久島で縄文杉発見の日。辰雄忌(堀辰雄命日)。豊臣秀吉が備前名護屋城で「黄金の茶室」を披露した日になっている ようです。令和4年5月28日。


昨日は、注腸ファイバーでした。朝から下剤を1.5Lも飲みながら、診察していました。診察の合間を縫って、トイレに駆け付け、水様便 出しつつ午前診を終えました。病院には、午後1時には着いたのに、実際の検査は午後4時前から、やっと始まりました。 もう少し、患者のこと考えろと、文句の一つや二つは言いたくなりました。モニター見ながら、S状結腸も長い、横行結腸も 長い。だから、時間かかるんです。などなど、長くても勝手でしょ、というのを我慢。悲惨な一日でした。
5月27日、 何の日。なんと、日本海海戦の日でした。1905年のこの日、日本海海戦で東郷平八郎が率いる日本艦隊が、ロシアの バルチック艦隊に対して大勝利を収めたそうです。遠い、昔の話ですね。令和4年5月27日。


今日は、注腸ファイバーによる検査の日。昨日から、まともな食事はできていない。朝、パンと紅茶。昼、素うどん。 おやつ、アイスティーとプリン。夕、しらかゆと豆腐とジャガイモ。
今朝から,絶食。下剤が2リットル。こんなに きつい検査はない。午前中は12時30分まで、診察がある。診察している時間より、トイレでちびっている時間の方が 多いだろう。
5月26日は、ミツカンがロゴを登録商標にした日。東名高速道路の最後の未開通区間が開通した 東名高速道路全通記念日。令和4年5月26日。


半袖シャツも目立つようになってきました。朝、バス停につく頃には、随分と高いところに、ギラギラと輝く太陽が まぶしい。
昼間の電車の中には、修学旅行で奈良を訪れた群馬県の中学生たちが賑やかにはしゃいでいました。 コロナ禍の中で、日常生活が徐々に戻ってきています。
5月25日はプリンの日だが、正確にいうと5月に限らず 、毎月25日はプリンの日なのだそうだ。25日をプリンの日と決めたのは乳製品で有名な「オハヨー乳業株式会社」。 だそうだ。25日になったら自分へのご褒美に美味しいプリンを買うのも楽しいでしょうね。令和4年5月25日。


暑いほどの毎日が続いています。新緑の緑も輝いています。
今日、5月24日は、ゴルフ記念日。1903年(明治36年)のこの日、日本で初めて兵庫県・六甲山にゴルフ場がオープンしたことにちなんで制定された記念日です。創立から100年以上経つ「神戸ゴルフ場」は、今もなお多くの人に愛され続けています。令和4年5月24日。


今日は何の日、キスの日。
1946年の今日の日、日本で初めてのキスシーンが登場する映画とされる、佐々木康監督の 「はたちの青春」(松竹)が公開された。
当時、映画製作も連合国軍最高司令部(GHQ)の検閲下にあった。CHQの 部局の一つである民間情報局のデヴィッド・コンテが、完成した脚本がその前に見せられたものと違うことを指摘した上、 キスシーンを入れることを要求した
キスシーンは主演の大坂志郎と磯野道子がほんの少し唇を合わせただけだったが、 当時の観客には刺激的で、映画は連日満員の大ヒットとなった。実はキスシーンにおいて主演の二人は唇にガーゼを はさんでいたという。
日本で初めてキスシーンが登場する映画は、川島雄三監督の「ニコニコ大会追いつ追われつ」 であるという情報もある。これは「はたちの青春」より4ケ月ほど早い。1946年1月24日に公開された映画である。令和4年 5月23日。


今日は何の日,たまご料理の日。埼玉県さいたま市浦和区に事務所を置き、全国の飲食店向けに「うまいもん認定」 事業を行っている一般社団法人・全日本うまいもん推進協議会が制定。
日付は5月を「たま(0)ご(5)」、22日 を「ニワトリ(2)ニワトリ(2)」と読む語呂合わせから。料理の基本といわれる「たまご料理」を通して、食についての 衛星と安全を啓もうする日。また、「たまご料理」の食文化の振興という願いが込められている。記念日は一般社団法人・日本 記念日協会により認定・登録された。
同協議会では、飲食店の「うまいもん認定」を行い、「うまいもん認定マーク」 という認定証を発行している。全国の300店以上の飲食店が「うまいもん認定マーク」を取得している。また、飲食店経営に 関する勉強会を開催しており、飲食店経営の支援も行っている。
「たまご」を使った主な料理には、目玉焼き、卵焼き、 だし巻き卵、オムレツ、オムライス、スクランブルエッグ、ポーチドエッグ、スコッチエッグ、ニラ玉、親子丼、茶わん蒸し、 卵豆腐、天津飯、卵サラダ、ピカタなどがある。令和4年5月22日。


今日は何の日。1927年(昭和2年)リンドバーグがパリに到着し、大西洋無着陸横断飛行に成功。ニューヨーク・パリ間 を33時間30分で飛行した。この年に、私の母が生まれたから、95年前のことである。当時、世界中の人が歓喜の声を あげたのであろう。現在ならジェット機で数時間の距離であろう。
定かではないが、日本医師会の中川会長が この5月か、6月でやめるようである。今は一期目だが、二期目を目指していたが、支持が伸びなかったらしい。 医師が診察しなくとも、3回ほど薬局へ行けば薬をもらえるというルチュル処方箋が、この4月の診療報酬の改定から 導入された。日本医師会としては、反対したらしいが、財務省に押し切られたらしい。そのため、中川会長の政治力に 疑問を呈する会員がおおくなったようである。医師会に政治力を求めるのは、ちょっと酷かもしれないが。令和4年5月21日。


曇り空の一日。近くのUR住宅に一部屋借りるため、パソコンにひくルーターを設置に来てもらった。私は何をやっているのか サッパリわからなかったので、少し離れたところからポケッと眺めていた。小一時間ほどで、作業を終えて、若者は帰って いった。
明日は、家電量販店からプリンターとモニターが届く。なんやかんやと忙しい。
今朝、ウンチしていて血便が 出た。何十年か前にも血便が出たことがある。その時は、いぼ痔だった。今回も、多分、同じと思うのだが、内科の先生に 注腸ファイバーをすすめられた。来週か、再来週に、検査を受けないといけなくなった。面倒なことである。令和4年5月21日。


今日のランチは、奈良県庁の食堂の麻婆豆腐。程よい甘さと辛さがマッチングしていた。これが、550円で食べられるのだから 随分と得した気がする。
県庁前のバス停で待っていたら、大勢の修学旅行生が通り過ぎて行った。近くの鹿せんべい売り場 を見たら、せんべいの一束が200円となっていた。昔は、100円か、それよりももっと安かったと思うが。この値段では、 安いうどんくらいは食べれそうに思う。
帰りに、新大宮駅前の書店、啓林堂によって、週刊誌を買った。この書店も 今日で閉店。何か、新大宮駅前は、どんどんとさびれてしまいそうで、心配だ。私のクリニック前のローソンも閉店してしまった。
時の流れは、どこに向かっているのだろうか。あまり、悪くならないでほしいと思う。令和4年5月20日。


今日5月19日は、宇都宮三郎氏らが国産初となる「ポルトランドセメント」の製造に成功したことにちなんで制定された 記念日。ポルトランドセメントは、コンクリートの原料として使用されるセメントの種類の一つ。数種類あるセメントの中でも、 最も一般的に使用されているセメントとされているようです。ポルトランドセメント精製の成功がきっかけとなり、以後セメント は、建物、建造物、道路など、建築業を中心に様々な場面で使用され、一大事業に発展していく契機となったようです。 令和4年5月19日。


今日は、一日、良く晴れて、少し暑いくらいでした。奈良県医師会の広報委員をしていて、今日が月に一回の広報委員会でした。 大和八木まで電車で行って、そこから県医師会館までテクテク歩きました。汗が出るほどだったので、医師会館近くの スーパーマーケットでバニラアイスを買って、涼をとりました。
出席した委員の人は6にんで、後、4人ほどがWebで参加 されていました。県の広報誌の6月号の内容の検討で、静かに議事は進行していました。軽い眠気に襲われ、つい、うつらっと してしまいました。
帰りの電車に乗っていると、郡山駅で女子高生の大集団が乗り込んできて、突然、ピイチクパアチクと、 騒々しくなり、ゆっくりできませんでした。まるで、何百羽の雀が群れ騒いでいるようでした。令和4年5月19日。


午後診の帰り、近鉄電車から見た風景が、茜色に染まる大極殿。疲れた体と心が癒される。
今日も一日、あたふた。奈良に来る 自見庄三郎先生を、どう迎えようかと、あちこちに電話しながら、駆け回った。荒井知事さんのところに連絡し、自見はなこ議員の 秘書さんに電話し、マリオットホテル奈良の会議室を予約して、ホッと一息。後は野となれ山となれ。
一日の無事に感謝しなければと 思う。
まだ、週も半ばです。気を抜かずに頑張りましょう。令和4年5月18日。


毎日、すっきりとしない日々が続いています。菜種梅雨というよりも本格的に梅雨に入っているような気がします。
診察時に 参議院議員の候補者への応援を頼んだりもしますが、よほど気の置けない患者さんでないと、なかなか、応援に賛同してもらえません。 さすがに、何人かに断られると気がめいります。難しいですね。
診療が終わって、メディカルセンターで胸部レントゲンを撮ってもらいました。 3年ぶりの検査になります。
今、新しい作品に取り組んでいますが、自殺に関係した本なので、書いていても、元気が 出るようなものではありません。令和4年5月17日。


駅の生垣にスミレとパンジーが並んで植えてあったのですが、どうも区別がつきにくいので、少し調べてみました。スミレは、 パンジーの原種ともいえる野草だそうです。スミレは、日本にも野山や草原、道端などに50種類以上の野生種が自生しているそうです。 パンジーは、スミレ科スミレ属に属し、野生のスミレを品種改良して作り出した品種だそうです。花が大きく、花色の種類が 豊富なのが特徴だそうです。
今朝は、綺麗なパンジーが咲いていたのに、昼過ぎに、生垣の花壇にはパンジーが見えなくなって いました。また、新しい花でもうえるのでしょうね。令和4年5月16日。


今日は、旅の日。松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立った日が1689年3月27日であり、この日が太陽暦で5月16日にあたることにちなんで 、1988年(昭和63年)に日本旅のペンクラブが制定したそうです。薄曇りの日ですが、皆様も、一度旅について考えてみましょう。
昨日、プリンターとモニターを買ったのはいいのですが、私の2台のパソコンにセットするのに、3時間以上もかかってしまい、 家に帰って、半分くたばっていました。こんなこと、一人でやれと言われても、とてもできそうにありません。セッティングしてくれたお店の人には 感謝です。令和4年5月16日。


今日は、沖縄の本土復帰記念日です。昭和47年というので、私が大学生の時です。沖縄は、温暖な気候の島で、服装もハワイのアロハシャツに 似たはりゆしです。これまで一回だけ、沖縄本島に旅行に行きました。ゴールデンウイークの期間中で、観光客でにぎわっていました。 当時は、首里城も消失前だったので、本土とはまた違ったお城の雰囲気がありました。沖縄の基地問題は、単純には論じられないので、 あえて意見は言いません。
今から、家電店にプリンターとモニターを買いに出かけようと思っています。令和4年5月15日。


この季節、奈良の寒暖差は厳しいです。昼下がり、暖かくて靴下も履いていなかったのに、夜半になると、靴下をはかずに横になっていると 寒くて、風邪をひきそうです。皆様も、こまめな服装の調節を心がけてください。令和4年5月14日。


曇り空の一日です。少し、晴れ間も見えます。長く歩くと少し汗ばむ感じです。程よい気候ですね。
診察しながら、適当に 時間を見計らって、医師会が応援している参議院議員への応援も頼んでいます。このタイミングを計るのが結構難しくて、 下手をすると、反発を食らってしまいます。適度に、引いたりしています。
昨日の話の続きですが、鳥類って、カッコいいですね。 先祖が、あのティラノサウルスですからね。朝方から、雀たちがピイチクパアチク、騒々しく鳴いているのを聞いていると、 きっと、恐竜たちも朝早くから、騒々しく鳴き叫んでいたのでしょうね。ワクワクする世界だったでしょう。令和4年5月14日。


今日は中くらいの雨でした。行きも帰りも雨に降られました。過去に、恋人にも何度も振られました。降られることには、慣れています。 あー、今日も降られたか、って思っています。
今朝は、ウッドデッキに2、3羽の雀が来て、こぼれた餌をついばんでいました。 鳥の先祖があの巨大な恐竜だというのも、おもしろいですね。鳥類はほとんど皆、羽毛を持っています。きっと、あの凶暴な ティラノザウルスもカラフルな羽毛に覆われていたに違いないと考えています。恐竜時代って、ロマンがありますね。タイムマシンが できたら、すぐに恐竜を見に行こうと思っています。令和4年5月13日。


今日も小雨。土曜日にかけて大雨になる予報になっています。
まぶしい新緑も、しっくりした、落ち着いた色合いを示して います。
田畑をやっている人たちも、田んぼの準備が始まり、結構、忙しいと言って、診察室を後にします。
7月の参議院選挙 に向けて、駅前では、各党の候補者らしい人たちが熱弁をふるっています。私も、医師会の役員になっているので、まったく他人事には できず、医師会応援の候補者への支援の署名集めに四苦八苦しています。皆様も、せっかく選挙権があるのですから、時間を惜しまずに 投票に行きましょう。令和4年5月12日。


朝、駅近くで小雨が降っていました。夜半には、ほぼ雨はやんでいました。天気予報では、今週の後半は、ずっと雨模様です。
大相撲5月場所も始まっていますが、逸ノ城が、5月1日のPCR検査で陽性となり、今場所の休場が決まってしまいました。ファンの一人 としては、つまらないので、今場所はほとんど見ていません。
野球も本格的に行われていますが、巨人にスター選手もいなくなって しまったので、朝刊で結果を見るだけにしています。何か、阪神もめちゃ弱いですね。連敗続きで、阪神ファンももう諦めているでしょうね。
コロナも減らないし、ロシアも戦争を止めないし、世の中、暗いですね。あー、ぼやくのはやめにしよう。皆様、明るく元気よく 頑張りましょう。令和4年5月11日。


今日もすっきりとしない空模様。夜中、2,3度は目が覚めるので、朝には気だるさが残っています。年だから仕方がないと思いますが。 この5月から、月曜日の午後診も休診にしたので、幾分か体は楽にはなっています。
医師会の役員をしてるので、火曜日の午後も、 木曜日の午後も会議が入っていることが多いです。今日も、会議で、殆ど発言もせず、聞いていることが多いのですが、それでも やはり疲れは残ってしまいますね。
明日から、ずっと雨が続きそうです。気持ちだけは、気楽にやっていこうと思います。令和4年 5月10日


朝から厚い雲に覆わています。秋にはモミジで真っ赤に染まる赤道をゆっくり歩いてバス停まで行きました。この時期は、 新緑な緑色の葉で覆われた緑道になっています。心地よい葉の香りが漂っています。
少し気温が上がり、暖かくなると、 猫たちが活発に活動を始めます。猫たちを警戒して、毎朝、ウッドデッキに顔を見せていた雀たちが、来なくなりました。せっかく ウッドデッキにまいた小鳥の餌がそのまま残っています。猫たちを悪者にできないから、仕方ありませんね。
昼下がりの 帰り道は、もう雨が降り始めていました。ボチボチ、梅雨ですかね。


長かったGWも今日で終わりです。皆様のGWはいかがでしたか。少しは羽を伸ばせてゆっくりとできましたか。よくよく考えても、私の GWはいつもと変りなく過ぎ去ったように思います。
来週から、本格的に仕事モードで頑張りたいと思っています。
沖縄はこの 5月4日から梅雨に入ったようです。今年は、各地とも梅雨入りが早く来そうです。私は、なぜか、雨降りの日が好きなのです。心が すっと落ち着いてしまうのです。子供のころ、窓の向こうの雨脚を見ながら、ボーとしていた姿をはっきりとおぼえています。
今週の後半は、ずっと雨模様です。傘を差し、襟を立て、足早に歩くサラリーマンの姿が目に浮かびます。令和4年5月8日。


今日も、良い天気です。GWもそろそろおわりです。少しは、ゆっくり、できたでしょうか。家の近くでも、子供たちの歓声がにぎやかでした。 朝早くから、雀たちがやってきて、ちゅんちゅんと賑やかにさえずっています。ウッドデッキの上にまいた小鳥の餌を盛んについばんでいます。 駅のあたりのつつじは大分、しなびてきていました。近所では、アジサイの花が目に付くようになっています。昨日、出かけたのですが、 赤道を歩いていて、賑やかな鴬の声に、少し、驚きました。まだ、鴬が活発に動いているんだなと感心しました。GWも残りわずかです。 心行くまで、楽しんでくださいね。令和4年5月5日こどもの日。

GWは3年ぶりに活況を呈しているようですね。五月晴れの、明るい日差しの日々が続いています。私は、バスに乗って、駅前の 家電量販店に買い物に行ってきました。明日、こどもの日は、昨夜の悪夢の影響で、薬園八幡大社にお祓いを受けに行く予定です。 非科学的な理由ですが、何か、心が落ち着かないのです。この神社は、毎年、お正月に初もうでに行っているところで、宮司さんも おばあさんから娘さんに代わっています。明後日からは、いつもの、クリニックの仕事に戻ります。令和4年5月4日。

GWも始まりました。少しは、羽を伸ばして、ゆっくりしたいですね。
私のクリニックは、通常の5月3日、4日、5日の3連休です。 個人的にも、どこにも出かける予定はありません。今、新しい作品に取り掛かっているので、その執筆活動をする位です。
昨日、今年初めて 燕を一羽、目撃しました。駅の駐輪場の中の広いスペースを飛び回っていました。初夏の風物詩ですね。令和4年5月1日。

あっという間に、新年も明け、3月の彼岸も過ぎ、満開の桜の花も散ってしまいました。
今年の1月14日、生まれて初めて、 コゲラ(キツツキの一種)を見かけました。赤道という街路樹の長いトンネル道にコツコツコツと木の幹をつつく、雀くらいの 大きさの小鳥がいました。2度目に見かけたのは、2月8日でした。
ここ2〜3日は、初夏のような陽気が続いています。 時の流れは驚くほど速いですね。
ロシアによるウクライナへの侵攻は許しがたいですね。一日も早く、戦争が終わることを 願っています。新型コロナウイルスの流行もなかなか収まりません。ただ、感染しても軽症か無症状の人が大半みたいですので、 一定の注意さえ怠らなければ、過度な心配はいらないように思います。インフルエンザ並みの5類感染症にしてしまうのもいいのでは ないかとも思います。友達の岸田政権中枢にいる人は、それには賛成してくれないので、しばらくは現状のままの2類相当の感染症 対策が続くのでしょう。
これから、暑い夏が待っています。健康に気を付けて、今日も、頑張りましょう。令和4年4月14日。

大晦日の早朝です。今年も、昨年同様、新型コロナウイルスで始まり、新型コロナウイルスで終わりました。オミクロン株という 新種が出てきて、世界中を席巻し始めています。今のところ、日本では、新規感染者数はさほど多くはありません。オミクロン株 の市中感染もちらほらと見受けられる程度です。新型コロナウイルスの第6波が来るがどうかは定かではありません。願わくば、 来てほしくないというのが、大方の人の思いだと考えます。
今年の年末年始は、故郷で過ごそうという人が、昨年よりも 増えているようです。おじいちゃん、おばあちゃんに孫の顔を見せてあげたい人たちのせめてもの親孝行かもしれません。 私の母は、94歳で大阪で一人暮らしをしています。すぐ近くに、妹夫婦が住んでいて、毎日、母の世話に行ってくれています。 妹夫婦には感謝しています。奈良に住んでいる私は、時々、母の様子を見に行ってあげることぐらいしかできません。親不孝を 反省しています。
年末年始は、2泊3日の家族旅行にいきます。もう20年以上も続いているでしょうか。この間だけ、妻は 家事から解放されます。それが、彼女にとって、唯一の贅沢なのでしょう。
来年は、新型コロナウイルス感染者数が減少して、 世界が、日本が静かな日々を送ることができるようになってほしいものです。世界中が幸せにならないと、日本も幸せになれません。 ただ、オミクロン株による感染者は、殆ど無症状か軽傷らしいので、少しホッとしています。
来年が、皆様にとって、良き一年 になってほしいと願っています。令和3年12月31日。

晩秋のころとなりました。立冬も近づいています。なぜか庭のきんもくせいが満開で鼻につんと来るような芳香をはなっています。 衆議院議員選挙も終わり、また静かさが戻ってきました。新型コロナウイルス感染も、日本では終焉を迎えようとしています。 第6波を懸念する向きもありますが、私は、このまま、新型コロナウイルス感染は静まってしまうような気がします。一説によれば、 このサイケデリックなウィルスは、自爆装置のようなたんぱく質を体内で作りだし、自然消滅しているようです。
もう少しで、安心できる日常生活がおくれるのではないでしょうか。我が家は、今年も恒例の年末年始の旅行に行きます。富士山 でも見学に行こうと思っています。令和3年11月2日。

 立秋も過ぎました。まだまだ、暑さは続きそうですが、皆様にはますますご清祥のことと思います。
 この度、文芸社より「精神科医の涙」を自費出版することになりました。
書籍の内容は、自らの心の病気、視線恐怖や社会不安障害のため官僚を諦め、精神科医に転身した経緯。心と 身体が遊離した体外離脱体験の経過。中年時代のいばらの時期の夢日記に見る深層心理。そして、精神科医と してかかわった、殺人未遂事件を起こした多重人格女性の精神鑑定症例や、抗うつ薬単剤投与で完治した幻視・ 幻聴を伴う若い女性の精神病性うつ病の症例などの記録です。これらは、精神医学的にも意義のあるものと 思います。
70年という人生の総まとめとして、書き下ろした作品です。もしよろしければ、一読して いただければ幸いです。
まだ、当分の間はコロナ第5波は続くでしょうが、感染しないように留意しながら、 過ごしてください。令和3年8月8日。

年も明け、いつの間にか春分も過ぎ、桜も満開。今日の雨で、花も散ってしまうでしょう。コロナは第4波を迎えつつあります。 ワクチン接種は緒に就いたばかりです。私たち、クリニックの医療従事者の接種は、この4月24日以降になりそうです。多分、私が ワクチン接種するのは5月に入ってからになりそうです。クリニックでの感染予防対策は継続しようと考えています。皆様も、 十分な感染対策を取ってください。令和3年4月4日。

冬至も過ぎ、今年もあとわずかです。コロナの第3波の真っ只中にあります。日本は政権与党の菅総理の力量にかかっています。 奈良市もコロナの患者が増えてきています。奈良市医師会の新型コロナ対策本部の皆様の身を削る努力や医師会員の皆様の 献身的協力でこの年末年始のパンデミックを乗り切ろうとしています。
今日からしばらくクリニックはお休みに入ります。 毎朝踏みしめて歩いていた落ち葉も消えてなくなりました。吐く息も白く曇っています。心静かに世の動きを見ていこうと 思っています。令和2年12月28日。

立秋も過ぎました。しかし、今年は一段と暑さが厳しいですね。毎日、熱中症の患者さんが救急搬送されています。このコロナの 時代に医療機関も大変です。最近のコロナは欧州由来の変異したものが流行しているようです。患者層も20代、30代の若者が多い ようです。しかし、安心はできないでしょう。コロナの後遺症が注目されています。とにかく、感染リスクを少なくする努力は 重要です。人込みでは必ずマスクをしましょう。帰宅したら手洗い、うがいは必須です。コロナの時代を安全に生きていきましょう。
今日で私のクリニックもお盆休みが終わります。家内の両親の墓参りや大阪の実家の母の様子を見に行ったり、免許センターに 免許の更新に出かけたり、なんやかんやで忙しく、お盆も終わってしまいました。
近くの赤道を歩くと、ものすごい蝉しぐれ です。ああ夏だな、としみじみ感じられます。夏は、子供にとっても一番楽しい季節だと思います。私も、夏が一番大好きな季節 です。しかし、夕方近くになると、ツクツクボウシが鳴き始めています。一歩ずつ、季節は着実に秋に向かっています。
皆さん、 お体に気を付けてお過ごしください。令和2年8月16日

 今年の梅雨は、熊本を中心とした九州豪雨で被害が甚大でした。台風並みの大雨でした。奈良は比較的静かでした。一度だけ、 ズボンのひざ下あたりまでずぶぬれになったことがありました。朝、バス停までの途中、クマゼミがシャンシャンと鳴き始めました。 気象庁の梅雨明け宣言も待たずに、クマゼミが「梅雨明け」だと大声でアピールしているようにも聞こえました。朝から蒸し暑く、 かっと晴れています。きっと梅雨明けもすぐそこまで来ているのでしょう。
それにしてもコロナはまだまだ猛威を振るっています。 奈良市医師会でも、1日のPCR検査件数を10件から20件まで倍増させて対応にあたっています。ホテル療養滞在も再開させています。 世界を見てもコロナの感染者が毎日激増しています。マスクは手放せません。ステイホームも当分、必要です。皆様、 気を付けて過ごしましょう。令和2年7月19日

ここ何日か真夏日が奈良でも続いています。近鉄電車の車窓からも田植えが終わった田んぼがみずみずしく並んでいます。クリニック近く の街路樹のそばのガクアジサイも綺麗に咲いています。
コロナは相変らず世界中で猛威を振るっています。日本でも、東京都、 北九州などで小さなクラスターが発生しています。奈良県では今のところ、コロナの新規感染者は報告されていません。入院している コロナの患者さんも一人だけです。なるべく早いコロナの終息が待たれます。
コロナに警戒しながらの社会経済活動も徐々に 再開されています。朝の通勤電車もコロナ以前の込み具合に戻っています。ただ、まだ観光客はほとんど見られず、奈良公園の 鹿たちものんびりと鹿せんべい売り場あたりでたむろしています。
クリニックを受診される方もコロナの心配から、すこし 減っています。ぼーっとしている間に、梅雨に入ってしまうのでしょう。令和2年6月7日。

初夏の陽気です。つつじが、ハナミズキがきれいに咲き誇っています。新緑の木々もまぶしいくらいです。朝のバス停では、鴬がにぎやかです。 口笛で鴬の鳴き声をまねて、ホーホケキョとふくと、必ずホーホケキョと返事してくれます。ちょっと楽しいですね。
世界中、 コロナ禍で大変な状況です。今は、国を挙げて、ステイホームです。ゴールデンウイーク中出かけないようにしましょう。
企業の、 家庭の、学生の収入が激減し、皆がアップアップしています。政治のことは全く素人で、よくはわかりませんが、とにかく政権与党の 安倍総理に頑張ってもらうしかありません。政治家の皆さんも健康に気を付けながら国民のために尽力ください。令和2年4月29日。

桜が満開です。毎年、まぶしいほどの美しさを見せてくれます。通勤途上の目を楽しませてくれています。バス停まで赤道の桜並木。 バスから見える枝垂桜。近鉄電車から眺める平城京跡の桜、佐保川沿いの整然と並んだ桜。すべて見事というしかありません。
しかし、コロナウイルスはなお世界中で猛威を振るっています。もう世界の感染者数は100万人を超えているかもしれません。コロナの 怖さはあっという間に重症化し、死に至らしめるところです。その魔の手は幼児から老人に至るまであらゆる年代の人々の命を奪って 行きます。ヨーロッパでもアメリカでもすでに医療崩壊を起こしています。日本でも都会を中心として、コロナは牙をむこうとしています。 君が、彼女が、電車の隣の人が、ひょっとしたら家族の人がすでに無症状でコロナに感染しているかもしれません。私たちにできることは しっかり睡眠をとり、規則正しく食事をとり、自己免疫力を高めておくことしかないのではないでしょうか。ただ、救いなのが8割位の 感染者が軽傷なのです。コロナにかかっても自分も家族も友人も多くの人たちも大丈夫だと、前を向いていきましょう。令和2年4月2日。

もうすぐ東大寺二月堂でのお水取りが終わろうとしています。春らしい暖かさと冬らしい冷たさとが交互に来ています。
今日、WHOが パンデミックを宣言しました。コロナウイルスの感染者が12万人を超えてしまいました。今は、全世界の敵がコロナウイルスとなりました。 私たちも気を付けていきましょう。閉鎖空間での人込みなどには出かけないようにしましょう。やむなく外出した時は、帰宅後の手洗い、 うがいなどは入念にしましょう。もし、軽い微熱や咳などがみられてもあわててクリニックに行くのは控えましょう。帰国者・接触者センター や保健所に電話して、よく相談しましょう。
国会でも、与野党協力してコロナウイルス対策に頑張ってもらいましょう。令和2年3月12日。

 今年も6分の1が終わって、東大寺のお水取りが始まろうとしています。気温も暖かめで、日差しもまぶしいくらいです。春ですね。 自宅でのんびりしていると、世界を恐怖に貶めているコロナウイルスの猛威も実感できませんが、皆様、くれぐれも感染しないように 用心してくださいね。令和2年3月1日。

  時の流れはなんと早いものでしょうか。もう立春も過ぎ、節分も終わりました。私もこの正月元旦に無事退院できました。少し、 左足に知覚鈍麻があり500円玉硬貨をいつもくっつけているような変な感じがあります。夜中の右足の激痛がなくなって、ほっと しています。令和2年2月16日。
 
 台風19号の被害で東北、関東は大変なことになっています。迅速な復旧が望まれます。台風の進路も今年はちょっと変でした。これまでは、 紀伊半島直撃コースが多かったように思われますが。なぜか、関東、東海の方に行ってますね。気候変動のせいですかね。
  今日は体育の日。でも、最近は全く運動らしきものをしていません。通勤で歩くくらいです。高脂血症、脂肪肝、肥満。成人病も はなはだしい状況です。砂糖は少し控えめにしようと努力しています。
 今年の年末は脊柱管狭窄症の手術で、少し長めのお休み にさせていただきます。70近くなると増えるのは病気ばかり。年は取りたくないですね。令和1年10月14日。

明日は9月23日秋分です。今日は大阪の母とお寺の彼岸の法要に参加しました。午前10時半から11時半の部に入りましたが、吉田家の 名前を忘れられていたので、法要の終わりに、吉田家の名前を唱えてもらいました。母も92歳近くなって足腰も弱っているので義理の 弟に送り向かいを頼んでいます。私は、先に梅田の阪急百貨店前のところで車から降ろしてもらいました。食事をして自宅に戻った ら、3時近くになっていました。台風が近づいていましたが、何とか雨にあわずにすみました。明日は、一日ゆっくりするつもりです。 令和1年9月22日。

残暑お見舞い申し上げます。8月8日の立秋も過ぎました。毎朝、蝉しぐれの中を通勤しています。梅雨明け時分はクマゼミの大合唱。 少ししてアブラゼミが加わり、またも大合唱。このころはツクツクボウシが静かに鳴いています。秋の足音を感じますね。
お盆休みは前半が家内の両親のお墓参り。後半は国立国会図書館にこもって資料探し。あっという間にお盆も終わってしまいました。 台風10号も足早に通り過ぎていきました。新宮市のおばさんに電話したら、あまり被害もなかったようです。
お盆で帰省している 息子も、明日は金沢に戻ります。いつになったら就職してくれるのか、ほとほと心配になります。
まだしばらく暑さが続きます。 夏バテ気味ですが、あとひと頑張りですね。令和1年8月18日。

日曜日、雨がよく降りますね。近畿の梅雨明けは、7月20日ころのようです。今日も、老人ホームにいる父のところに行ってきました。 母が昨日の土曜日に義理の弟と一緒に父のところに来たはずなのに、「覚えてない」という。しっかりしているようで、認知の方は大分 進んでいる様子。ペースト食を食べさせたが、意外においしそうに食べてくれたので一安心。帰る時にも、「ありがとうよ」と 言ってくれた。
明日は海の日。休みが一日でも多いと何となく得したような気になる。診察場面で稀なケースにであったので、 今はその症例の検討で、少し忙しい。
この前の朝、雀が一斉に飛び立ったので、変だなと思っていたら、玄関を出るとき白黒の マダラ猫がいた。それで雀があわただしく飛び散ったのだと納得。
今日も、大阪で蝉の鳴き声を聞いた。もうすぐ夏ですね。 令和1年7月14日。

雨の日曜日。静かに過ごしています。東北や関東では梅雨入り宣言がされているのに、なぜか近畿は外れています。近鉄電車沿線の 田んぼもほぼ田植えが終わっています。この時期って、雀の餌が減るのでしょうか。一時期、来なくなっていた雀がたくさん来る ようになりました。母雀が子雀に餌をかいがいしく食べさせています。
Google検索でトラブル続きで頭が痛いです。なぜか私の クリニックの検索サイトだけで、誹謗中傷のコメントがたくさん書かれていたり、「なら新大宮クリニック」で検索しても、言葉 が変更されて「奈良新大宮クリニック評判」での検索結果が出てきます。一応弁護士には相談していますが、お尻は重たそうです。 Googleって、横柄な企業なのでしょうね。令和1年6月16日。


今日は、立夏です。気温も高くなり、随分と暖かくなりました。
長い10連休も今日までです。皆さんは、どう過ごしましたか。 私は、連休後半は、家の掃除やら布団干しをしていました。連休中ごろ、大阪の老人ホームに入っている父親のお見舞いに家族 4人で出かけました。認知も少しあり、両足と左手に麻痺があり、ほぼ寝たきりです。食事はすりつぶしたものばかりですが、 「苦い」「おいしくない」「もう、いらん」など文句ばかり言いながらも、少しは食べてくれたので、安心でした。
明日から、 仕事です。令和も始まり、気持ちを新たにして、ぼちぼちとがんばろうと思っています。令和元年5月6日。


奈良の桜もほぼ散ってしまった。葉桜が眩しい季節です。この5月からの元号も令和と決まりました。時は常に流れています。 私も70に手が届くところに来てしまいました。特別養護老人ホームに入っている父は、すでに93歳です。父の兄弟も生きて いるのは一番末の弟だけになってしまいました。少しは分かっているのか、「今度は俺の番やな」と言います。
4月20日は 穀雨です。穀物を潤す春雨が降る頃です。田畑をやっている人達も色々準備で忙しくなるころです。まだ、毎朝、雀が沢山 やってくるのを見ると、まだ田畑の耕しは始まっていないのでしょう。まだ、雀の餌になる虫が見られないのでしょう。
今年のゴールデンウイークは10連休と随分長いですね。去年、11月ころ睡眠中に右足に激痛が走るので、脊柱管狭窄症の 手術をこの連休にかけてする予定でしたが、その症状がほとんどなくなってしまったので、手術は中止となりました。少しは ほっとしていますが、連休の過ごし方をどうしようか悩んでいます。行楽地のホテルはどこも満室で、今からでは遅すぎます。 家族で相談して、特養の父の見舞いやら、家の片付けやらしようということになりました。平成31年4月18日。


東大寺のお水取りも始まりました。今日はひな祭り。後3日で、啓蟄。ぼちぼちと虫が土の中から這い出してきます。 今朝も、雀が賑やかでした。お隣さんの小さな木の花に2羽のメジロが来て、花の蜜を吸っていました。朝夕はまだ寒いですが、 季節は確実に、春ですね。 明日からは、もうコートは脱ぎましょうか。
一市民に、そんなに特別な近況もないので、 日曜日以外は毎日、患者さんのお話を伺っております。困っている人もいれば、忙しく毎日を送っておられる人もいます。 人生、色々・・・って、本当、その通りですよね。平成31年3月3日。


節分も過ぎ、立春もあっという間に過ぎていきました。1年が本当に短くなっていきます。それだけ、年をとったということ なんでしょうね。 子供の頃は、1日が長く、早く時間が過ぎて夏休みが来ないかな、と川向の道路を走っているトラックを教室の窓を とうしてボーと眺めていたのを思い出します。
毎朝、窓のシャッターをガラガラあけると、家の前の電線に雀さんが 10羽、20羽とまって、こちらの方を見ています。一階の窓のシャッターを開けると、ちゅんちゅんと雀が大騒ぎです。 神棚に手を合わせ、亡くなった飼い犬の写真と骨壺に手を合わせてから、ウッドデッキに出て、小鳥用の餌を 撒いてあげます。野生の雀なので私がウッドデッキから家の中に入ろうとしないと餌をついばみには来ません。 雀さんがゆっくり食べられるように、そっとその食べる様子を見ながら、私も朝食です。この前、突然、雀が一斉に 飛び去ったので何事が起ったのかと窓の外を見ると、キジバト大のタカの仲間を発見して、いささかびっくりしました。 パソコンで、猛禽類・住宅地で検索すると、「つみ」というタカ科の鳥だとわかりました。道理で雀が一斉に 逃げ出すわけです。「つみ」をまじかに見たのは初めてで、感激しました。身近なところにも精悍な猛禽類がいるのですね。 平成31年2月5日。


明けましておめでとうございます。今年も、どうかよろしくお願い申し上げます。
私たち、 心療内科医、あるいは精神科医は、どちらかと言うと地味な仕事を生業にしていると思い ます。心を病んで、私たちのクリニックを訪れる人たちは、あまり公然と人様に心の悩みを 打ち明けられない人が多いように感じています。心をあからさまに話してしまうことは、 場合によっては、誤解されかねないところがあります。そんな時、私たちが、そっと耳を 傾けてあげることが、患者さんの心の重荷を少し軽くしてあげられるような気がします。 今年1年、どのような出会いがあるのでしょうか。心静かに、見守りたいと思っています。
今年の元旦は家内、娘、息子と名鉄犬山ホテルで過ごしました。国宝犬山城に登った後、城に隣接した犬山針鋼神社に 行きました。家内はかつておみくじで凶が出たので、おみくじアレルギーとなっていて 子供と私だけおみくじを引きました。私は、中吉が出たので、気を良くしております。 皆様の初運はどうでしたか。今年も元気に頑張りましょう!平成31年1月2日。